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10 暗殺容疑

 あの雪の日以来、アルの心はどこかおかしかった。

 ユアンに抱きつかれたり、〝一度は体を許そうと思ったではないか〟 と、楽しそうにベッドへ誘おうとするユアンに対し、前ほど強く抵抗できなくなったのだ。

 顔が熱くなりドキドキする感覚が増す一方、少し抵抗すれば身を引くと分かっているからか危機感は薄く、そんな自分に対する嫌悪感さえ減ってきている。その上、ユアンが身を引いた時に感じるものが 〝よかった…〟 という安心感ではなく、何か身を包んでいた温かなものが剥ぎ取られたような、そんな寒さを感じるから尚悩む。

 ユアンがこれまで以上にアルを構うようになったのは、母親を亡くした悲しみを紛らわす為なのだろうが、アルにしてみればその都度自分の心のおかしさを思い知らされることになるのだ。

(やっぱ…なんか変だよな、俺…)

 何をやっていてもその事ばかり考えてしまい、ある意味、母親を亡くした悲しみに暮れることもなかったのだが…。

 散々悩み考えた挙句、アルはひとつの結論を自分なりに見つけ出すと、ユアンがいない時を見計らってセロンに聞くことにした。

「セ、セロン、あのさ…」

「はい、なんです?」

「…ユアンが貰って嬉しい物って、何かあるのか?」

「ユアン様が貰って嬉しいもの…ですか? 何故また急に…?」

「え…あ、いや…別にこれっていう理由はねーんだけどよ…その…ちょっとお礼でもしとこうかなぁ~…なんて……」

「お礼…?」

 〝いったい何の?〟

 ──そんな目が向けられた。

「あ…なんかほら…色々と迷惑掛けたっていうか…心配掛けたっていうか…さ……。この前の事もあるし……何か胸ん中がスッキリしなくって……だからその……」

 きっと、お礼をすればこのおかしな心はスッキリする。強く抵抗できないのも、ユアンに貸しを作ったような…そんな引け目にも似た思いが自分の中にあるからだ…と、それがアルの出した結論だったのだ。

 一方、あの日以来アルの変化を感じ取っていたセロンは、〝スッキリしない〟 という言葉を聞いて確信した。と同時に、解決策がそれでないことも理解する。

「欲しいものは何でも買えるし…俺があげられる物はねーかもしんねーけど……」

「そうでもないと思いますよ。お金で買えるものを手に入れるより、お金で買えないものを手に入れる事のほうがずっと難しいものですからね。ユアン様が貰って嬉しいものはお金で買えないもののほうです」

「ふ…ん…なら、俺にもあげられるって事だな?」

「えぇ。きっと、アルにしかあげられないことだと思いますよ」

「──で、それは何なんだ?」

「もちろん、あなたですよ、アル」

「……………!?」

「ユアン様がずっと手に入れたがっていた……貰って嬉しいものと言えば──」

「ちょ…ちょ、ちょっと…タンマ!」

 アルは堪らず両手を前に出して話を止めた。

 まさかセロンからそんな直球が返ってくるとは…。

 どこまで本気か分からないユアンならまだしも、いつも真面目なセロンに言われたら、自分の意思とは関係なく そうなりそうな気がしてアルは焦った。

「そ、そういう結論に持ってくなよ……ってか、マジな顔して言うなって……お、俺は…そういう答えが欲しいんじゃなくてさ……」

 必死で 〝それだけは有り得ない〟 と訴えるアルを見て、セロンは小さな溜め息を付く。

「分かりました。──では、手作りチョコレートというのはどうですか?」

「え、チョコレート…?」

「あれで結構、甘党なんですよ、ユアン様は」

「そうなのか?」

 セロンはニッコリと頷いた。

「へ…ぇ…けど、チョコって何かあれじゃねぇ…?」

「あれとは?」

「いや…だからその……墓穴掘りそうな気がするっていうかよ……」

 〝墓穴〟

 その理由は時期にあるのだろう。二月も終わりそうなこの時期、一回目の 〝あれ〟 は過ぎたが、また次の 〝あれ〟 が迫っているからだ。

「愛の告白と勘違いされそう…ですか?」

「そ、そう…それ」

「……………」

(ある意味、それも狙ったんですけどねぇ…)

 セロンは 〝残念…〟 と心の中で呟いた。

「でしたら、私にもください」

「え…?」

「そうすれば 〝特別〟 にはならないですし、〝お礼〟 という名目なら人数は関係ないでしょう?」

「あ…ぁ、そっか……」

 アルにとってセロンは攻撃から身を守る壁。ユアンからの攻めをかわしきれなくなった時、その壁の後ろに回りこめば、何とか助けてくれるありがたい壁なのだ。誰の側近だ、と言われかねない状況だが、何故かユアンはセロンの言葉に素直に従っている。

(一番感謝しなきゃなんねーのは、ユアンじゃなくセロンだよな…)

 そう思えば、アルは大きく頷いた。

「分かった、そうする」

「えぇ。では楽しみにしていますよ、手作りチョコレート」

 セロンは敢えて 〝手作り〟 という言葉を繰り返し、ニッコリと微笑んだ。


 さて、〝そうする〟 と意気込んだまではよかったが、その日の夜中、こっそりと厨房に立ったアルは肝心な事に気が付いた。

(そういや俺…お菓子系って作った事ねぇや…)

 目分量でできる料理と違い、お菓子系は色々と量らなければならない。とはいえ、チョコレートくらいなら、湯銭で溶かして砂糖を入れて固める…という最低工程でできるのだが、ならば出来上がったチョコを買ってくるだけでいいのでは…と思ってしまう。デザートに使う無糖の板チョコを前にして、アルは買いに行こうかどうしようか迷っていた。

 ──が、買いに行こうと思えば思うほど、この静かな厨房にセロンの言葉が響き渡る。いや、正確には頭の中に、なのだが。

 〝楽しみにしていますよ、手作りチョコレート〟

 まるで、最後の暗示をかけられたかのように 〝手作り〟 という言葉がやまびこのように繰り返され、挙句の果てにセロンのあの笑顔が頭にこびりついて離れないから厄介だ。

(セロンの分も作るとはいえ、〝手作り〟 ってかなり 〝特別〟 な気がするんだけど……ひょっとしてうまくハメられたかな、俺…?)

 そうは思っても、〝やっぱ、買って済まそう〟 という結論に至らないのは、律儀な性格のせいなのか…。

 アルは迷いを吹っ切るようにフンと気合を入れ直すと、早速、チョコレート作りに取りかかった。

 適当な量のチョコを湯銭で溶かし、美味しいと思えるくらいの砂糖を入れる。けれどそれだけではやはり物足りなくて、ナッツやドライフルーツを刻んで混ぜ込むことにした。そうして出来上がったチョコを、一口大にはちょうどいい製氷皿に入れ、冷蔵庫で冷やしたのだった。

 翌朝みんなより早めに起きたアルは、冷やして固まったチョコを味見しながら、ひとつひとつ銀紙で包み適当な入れ物に詰め込んだ。そして、夕食時まで部屋に隠しておくことにした。

 変な誤解をしないように…と、渡す時の言葉を考えていたが、次第にどんな反応するかが楽しみになってきた。無意識のうちに喜ぶ顔を想像しては、何だか嬉しくなってきて、時折ハッと我に返っては 〝違う、違う〟 と首を振ることもあった。


 そして夜──

 ワゴンに二人分の食事とチョコを載せユアンの部屋に行くと、珍しくセロンの姿がなかった。

「あ…れ、セロンは?」

「あぁ、書類を提出しに出ていった所だ。すぐに戻ってくる」

「そっか…」

「なんだ、〝よかった〟 という顔だな?」

「え…? べ、別にそんなんじゃ……」

「オレは残念だぞ。二人きりになる時間がなくて」

「んじゃ、俺は助かった。二人きりになる時間がなくて」

「………素直じゃないな」

「俺はいつでも素直だ!」

「まぁ、そういうお前も好きなんだがな」

「……………!」

 何を言っても、結局この言葉で締めくくられる。アルが不完全燃焼のようにムフーっと息を出せば、そんな姿にユアンが楽しそうに笑みを浮かべた。

 毎日こんなやりとりがあって、ようやく食事を始めるのだが、ユアンはワゴンの上に見慣れないものを見つけ取り上げた。

「何だ、これは?」

「あ…そ、それは──」

 ユアンが箱を開けようとした為、アルが慌てて奪い取った。しかも、もうひとつの箱も見られまいと、そちらも手に取る。

「えらく、寂しい態度だな?」

「べ、別にそんなつもりじゃ……ただこれは……」

「これは?」

「メシの前に食うもんじゃねーから……」

「……………?」

「デザートってゆーか…おやつっていうか……その…チョコだからよ……」

「チョコ…?」

「あ…いや、だから……い、色々と迷惑かけたり心配掛けたりしたから……感謝の印っていうか、お礼みたいな意味で…そんな変な意味じゃ──」

「アルから…なのか…?」

「あ…ぁ…まぁ……」

「手作りの…?」

「すっげー適当だけどな。あ、けどセロンにもあるから──」

 〝特別な意味じゃねーぞ〟

 そう念を押そうとしたのだが、その言葉は抱き寄せられたユアンの胸の中で消えてしまった

「ちょ…だから別に特別な──」

「いいんだ」

「…え?」

「セロンの分を作っても作らなくても……少しでもオレの事を想って作ってくれたなら、それでいい。嬉しいぞ、アル」

 そんな言葉と抱き締められる腕に力が加われば、勘違いされないように…と思っていた事が何だかとても小さい事のような気がして、アルは 〝あぁ…〟 としか答えられなかった。

「そ、それじゃぁ…俺は戻ってるからよ…」

 自然に腕の力が緩むのを待って、アルがそう切り出した。

「なんだ、オレに一人で食事をさせる気か?」

「すぐにセロンが戻ってくるんだからいいだろ? それに…俺の前でそれ食われたら…何か恥しいじゃねーか……」

 最後は聞こえるか聞こえないくらいの声だったが、ユアンにはハッキリと聞こえた。おそらくそれは、愛する人の声だからだろう。

 どんな雑踏の中でも愛する人はすぐに見つけられるのと同じで、どんなに小さな声でも聞き取れてしまうのだ。

(本当に愛しい存在だ、アル…)

 もう一度抱き締めたい衝動を必死で押さえながら、ユアンは部屋を出て行くアルに 〝ありがとう〟 と伝えた。

 少し意外だった反応に、アルの心臓は厨房に戻ってきても少し慌ただしかった。気にしないようにと思えば思うほど慌ただしさは増すため、敢えて後片付けに専念して平常心を取り戻した。しかしそれも長くは続かなかった。

 もうそろそろ二人とも食事を済ませ、あのチョコレートも食べ終わった頃だろう…と思っていたら、急に屋敷のどこかが騒がしくなり、気が付けばすごい形相をした警護官二人が厨房にやってきて、いきなりアルを捕まえたのだ。

「な…にすんだよ…はな──」

「いったい、アルが何をしたのですか?」

 事の真相を確かめようと、落ち着いた口調で聞いたのは料理長のグラントだった。

 そのあとにアルも続く。

「そ…うだよ! 俺が何したってゆーんだ!?」

「何をしたかだと!? とぼけるな!! お前は──」

 そう言いながら、グイッとものすごい強さで引っ張りあげると、その次に放った言葉に、ここにいる全員が言葉を失った。

「ユアン様を暗殺しようとしたのだ!!」

「────ッ!?」

(あ…暗…殺……?)

 アルはその言葉を繰り返してみてもすぐには理解できなかった。

 全く身に覚えがない上に、アルにとって一生無縁といってもいいほどの言葉だからだ。

「なん…で…俺が暗殺なんか……俺はなんもやってねぇって…… ──ッ!!」

 ようやくそう言えたと思ったら、拳が容赦なくみぞおちに入り、アルはそのまま意識を失ってしまった…。

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