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第八話 笑顔という仮面


「おはよう、シュウさん!」


「おはよう。ミレーユさん。今日はいい天気だね。薬草の乾燥がはかどるよ」


 薬師シュウ——すなわち終——は、王宮の中庭を歩きながら、笑顔で侍女たちに挨拶を返す。薬師服の裾を翻し、腕には薬草を入れた小さなカゴ。風に揺れる草花の香りがふんわりと立ち上る。


「シュウさん、昨日の湿布、すごく効きましたよ!父も膝が軽くなったって喜んでました!」


「そりゃ良かった。僕の薬は“愛”が材料だからね」


「ふふっ、またまた〜」


 侍女が笑う横で、若い衛兵が駆け寄る。


「シュウさん、肩こりに効くやつ、また今晩お願いします!寝る前に使ったらぐっすりでした」


「OK。じゃあ今日も特別に“ぐっすりセット”を作ってあげるね。今度のは夢見が良くなる香りつきさ」


「マジっすか!ありがてぇっ!」


 王宮に来て日が浅いはずの終は、いつの間にか人々の信頼を得ていた。誰も、彼が“裏の顔”を持つとは夢にも思っていない。


 そんな穏やかな空気の中、王都に蔓延しつつある噂が彼の耳に入る。


——《最近、街で奇妙な薬が出回っている。見た目は美しい粉末状だが、依存性が高く、使った者はその快楽から逃れられなくなる》——


 終は、ふと空を見上げる。


(ふうん……よく喋るなぁ、皆)


 その噂の中心人物——それが他ならぬ、自分自身であることは、誰も知らない。



 

◇ ◇ ◇


 王都で噂の薬の名は――《ヴィレリア》。


 美しく妖しい花から抽出した、催眠性と依存性を兼ね備えた禁断の薬物。その名はまだ世間では囁かれる程度だが、裏社会では確かに広がっていた。


 ヴィレリアの影は静かに、王都全体を蝕み始めていた。


 そしてそれを供給する“売人”の名もまた、地下の者たちの間で囁かれ始めていた。


 その名は――《レイス》。


 突如として現れ、その幽鬼のような出で立ちから闇の世界で名を響かせることになった。


 王宮に仕える薬師シュウ。


 裏社会に薬を流すレイス。


 一人の男が、その二つの顔を巧みに使い分けながら、王都を――いや、この世界を支配しようとしていた。


 そして今、彼は笑う。


「さぁて、今日は面白いことあるかな」


 そう言って、彼は王女の部屋へと歩き出す。


 


◇ ◇ ◇


「おはよう、エルリナ姫」


「……遅い」


「ごめんごめん、侍女さんと立ち話してたらさ。僕って人気者だから」


「ふん……バカ」


 シュウはいつも通りの飄々とした態度でベッド脇の椅子に腰を下ろす。


「薬の効果はどう? 魔力の暴走、少しは抑えられてる?」


「ええ。以前より随分と楽よ。おかげで騎士団にも顔を出せるようになったんだけど……」


 ふと、言葉を切るエルリナ。その視線は窓の外に注がれている。


「“ヴィレリア”って薬物の噂、聞いたわ。街で流行ってる。民が苦しんでるのに、私には何もできない」


 正義感に燃える王女としての姿。その苦悩に、シュウは目を細めた。


「……でも、まだ完治してないよね。無理は禁物」


「分かってるわよ、そんなこと……」


 ちょうどその時、扉が開き、優雅な足取りとともに一人の女性が入ってきた。


「そんな怖い顔してたら可愛い顔が台無しよ、エルリナちゃん」


 エルリナの母であり、この国の王妃――セレナリアが、微笑みながら部屋へ入ってきた。高貴さと穏やかさを兼ね備えた佇まい。そしてそのプラチナブロンドの金髪はまさしく王族に相応しい。


「怖い顔なんてしてないわ。お母様」


 その言葉の裏で、終が王妃の背後から、目尻を吊り上げるポーズを王女に向けて見せた。


「……っ!」


 エルリナの額に怒りのマークが浮かぶ。


「あなたが噂の薬師さんね。名前は――」


「シュウよ。貧相な名前でしょ」


 と王女が言葉の途中で割って入った。


「王妃様のお耳にも入っておりましたか。ご挨拶が遅れて申し訳ございません。薬師のシュウと申します。微力ながら王国のためと思い馳せ参じた次第でございます」


 いつもと違い、珍しく丁寧に頭を下げる終。その恭しい態度に、セレナリアはにこやかに微笑んだ。


「エルリナちゃん。シュウさんに失礼よ。ご立派な名前じゃない」

 

「……ごめんなさいね。シュウさん。エルリナちゃんは同世代のお友達がいないの。仲良くしてあげてもらえるかしら?」


「はい。喜んで」


 終はにやりと笑う。


 それを見たエルリナは、顔を真っ赤にして叫ぶ。


「友達くらいいるわよっ!」


 そして、ばさっと布団に潜り込む。


「王妃様。一つよろしいでしょうか?」


「何かしら?」


「身分不相応ながら、わたくしめの心は既に王女殿下のお友達でございます」


「まあ……」


「この間も『ジロジロ見るな』と言われたので、じっくりと観察させて頂くような仲でございます」


「お前は何を話しとるんじゃーっ!!」


 布団から飛び出した王女が叫んだ。


「黙って聞いてたら好き放題言い過ぎよ! 私が全快したら、ギッタンギッタンにしてあげるんだから!」


 終は王妃に「ご覧の通りです」と手振りをする。


「まあ、あなた達。本当に仲が良いのね。安心したわ」


「シュウさん、本当にありがとう。娘の病気だけでなく、心まで元気にしてくれて」


「いえいえ。王女殿下が逞しい性格をなさっているからですよ。……っと、失礼。悪い意味ではないので、僕を不敬罪で牢屋に送らないでくださいよ?」


「うふふ。シュウさんは面白い方ね」


 王妃セレナリアは微笑んだまま部屋を後にする。


 廊下の先から、楽しげな声がまだ聞こえていた。


「シュウ!あなたを私への不敬罪として罰を与えるわ! 一週間トイレ掃除よ!」


 その賑やかな声に、王妃はますます笑顔になりながら廊下を歩いていった。


 部屋の中、残された二人。


 エルリナはぷいと顔を背けていたが、その頬はほんのりと赤く染まっていた。


 そして薬師シュウは、誰にも見せない薄い笑みを口元に浮かべる。


(……そうだな。この場所も、まだ少しだけ悪くない)




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