第七十六話 密談
豪奢な舞踏会場から戻ってきたのは、もう深夜近く。
大使館の正門をくぐり、重厚な扉を閉めると、外の喧騒が嘘のように静まり返った。
着替えを終えた終、バン、エルリナ、エルヴァは、一つの部屋に集まった。
黒いドレスも、タキシードも脱ぎ捨て、いつもの装いに戻る。
しっとりとした高級香水の匂いがまだわずかに残っているのが、なんとなく場違いに感じられる。
「ふう。やっぱりいつもの格好は落ち着くね」
終は大きく伸びをして、椅子に腰掛けた。女性用の靴は踵が妙に高くて、足がまだじんじんしている。
――女装って、こういう地味なダメージがあるんだな。
ふと視線を感じた。
見ると、エルリナがこちらを見つめている。何か言いたそうに、けれど口は開かず、わずかに申し訳なさそうな表情を浮かべていた。
全員が席に着くと、エルリナが小さく息を吸い、ようやく声を出す。
「……ごめんなさい。ルシアン議員と話す機会をもらえたのに……協力してもらえるようにできなかったのは、わたしのせいよ」
言葉が落ちた瞬間、部屋に沈黙が落ちた。
暖炉の火のはぜる音だけが耳に届く。
終は肩をすくめ、あっけらかんと言った。
「まあ仕方ないよ。王女様の魅力でも口説き落とせなかったのなら、そもそもこの作戦に無理があったんだよ」
エルリナは目線を下げ、視界から表情が消える。
再び重たい空気が戻ってくる。
(……なんだろう。少し引っかかるな。会話の内容を話せない理由でもあるのか?)
「ねえ、聞いてもいいかな?」
終は軽く問いかける。
「ルシアン議員との会話って、どんな感じだったの?……エルヴァも風精を通して聞いていたんだっけ?」
エルリナは沈黙したまま。
視線が自然とエルヴァへと集まる。
「……何も。エルリナはやれる限りのことをやった。それに対してルシアンが難色を示した……それだけだ」
エルヴァは淡々と言い切った。
「そっか。僕の気のせいだったみたいだね」
「ああ」
話はそこで打ち切られ、作戦会議へと移る。
「……作戦は失敗したが、まだ打つ手はある」
バンの渋い声が響く。
「最新の情報では、近いうちに取り引きが行われるという噂がある。ダンジョンを捜索すれば、何かが見つかるかもしれん」
「そうだね。僕もダンジョンに行くべきだと思う。……ちょっと楽しみでもあるんだよね、ダンジョン」
終がふふんと鼻を鳴らすと、バンは「まったくこいつは」と笑い、頭を振った。
対照的に、エルリナとエルヴァの表情は暗いままだった。
会議は短く終わり、それぞれの部屋へと散っていく。
◇ ◇ ◇
夜。
月明かりに濡れた路地裏は、しんと静まり返っていた。
足音を忍ばせる影が一つ、ゆっくりと奥へ進む。黒いマントの裾が地面をかすめるたび、ひそやかな音が響く。
「やあ、お疲れ様」
「お疲れ様です、シュウ様」
声と共に、闇の中から黒いスーツにロングコート、骸骨の仮面を付けた男が姿を現す。
終の配下――悪魔ザミエルだ。
「じゃあ、ザミエルくん。早速だけど、実験の結果を聞かせてくれるかな」
「はい、かしこまりました」
ザミエルは相変わらず自信なさげに視線を泳がせながらも、報告を始めた。
「実験の結果ですが……上手くいっております。そのため、実戦投入は可能です」
「ほんとに? それは嬉しいな。じゃあ、早速」
終が軽く笑みを浮かべた瞬間、黒い魔力が静かに解き放たれた。
月は薄雲に隠れ、路地裏はさらに深い闇に包まれていく――。
▼お読みいただきありがとうございます!
ブックマークや評価をいただけると、とても励みになります!
感想や活動報告へのコメントも大歓迎です。
毎日21時更新です。




