第七十五話 偶然という必然
煌めくシャンデリアの下で、貴族たちの笑い声が波のように広がっていく。
銀のグラスに満たされたワインが、話の抑揚に合わせてゆらゆらと揺れ、香水と花の匂いが混じり合う。
長く仕立てられたドレスが床をすべり、金糸の刺繍が光をはね返す。
――この空間すべてが、社交会という一夜限りの舞台だった。
だが、その華やかさの中で、エルリナはひとり深く息を吐いた。
月光の届くバルコニーに立ち、夜風を頬に受ける。
「はぁ……疲れたわ」
久しぶりの社交会は、やはり心地よさよりも疲労が勝つ。
人の視線、人の思惑――そのすべてが、纏うドレスよりも重く感じられる。
(それにしても、シュウ。何まんざらでもない顔して女装を楽しんでいるのよ)
脳裏に浮かぶのは、黒髪の美少女の姿。
笑顔で人々に手を振り、軽やかに談笑するその仕草が、エルリナには妙にやるせなく映った。
(目的のルシアン議員も、まだ見えないし……主催者がいないパーティーってどういうことなのよ)
もう一度、深くため息を吐く。
夜気が胸の奥の熱を少しだけ冷ましてくれた、その時だった。
「やあ、お姉さん。こんばんは……そんなため息を吐いて、どうしたんだい?」
振り向くと、金に近い淡い茶色の髪をした青年が立っていた。
切れ長の瞳がやや笑みを帯び、整った鼻梁の下にのぞく口元は余裕の笑みをたたえている。
高価な白のスーツは月明かりと照明の狭間で輝き、その仕立ての良さと本人の立ち居振る舞いが、ただの客ではないことを物語っていた。
「おっと、失礼。名乗っていなかったね。僕はルシアン。このパーティーの主催者なんだけど……遅刻しちゃってさ。気まずくて広間に入れないんだ。だから、君とお喋りしていてもいいかな?」
白い歯を覗かせ、軽く肩をすくめる。
「……あなたが」
「ん? 僕を知っているのかな。……それは……奇遇だね!」
「え、何が?」
反射的に問い返したエルリナの手を、ルシアンはそっと取った。
その手つきは意外なほど丁寧で、目がまっすぐエルリナを射抜く。
「エルリナ・フォン・リベルタ。……王国の第二王女殿下、だよね」
「……どこかでお会いしたことがあったかしら?」
「いいや。今日が初めてさ。……でもこの出会いは偶然じゃない。僕はこの出会いに感謝している」
「……感謝?」
エルリナの問いに、ルシアンは片膝をつき、手を離さないまま言った。
「一目惚れだ。僕と結婚してほしい」
「え……ええっ!?」
耳の奥が熱くなり、頬まで一気に火が回る。
その視線は、軽口ではない真剣さを帯びていた。
「こんなことを言うのはズルいかもしれないけど……僕の力があれば、王国の復興はぐっと近づくと思うよ」
真剣な表情で、わずかに口角を上げる。
その笑みに一瞬心を揺らされながらも、エルリナは静かに首を振った。
「私には王国の復興以外にも、すべきことがあるの。……あなたの力を借りれば、それは確かに近道になるかもしれない。でも、私は――私の力で復興させたい」
言葉が夜風に乗って広がっていく。
それを聞いたルシアンは、しばし目を細め、そして苦笑した。
「……そっか。さすが、僕が惚れた人だ。……じゃあ、君をいつか振り向かせてみせるよ」
彼は軽やかに立ち上がり、エルリナの手を離す。
その場を離れるエルリナの背後――物陰から、エルヴァが静かに見守っていた。
一方その頃、広間の中央では終とバンが人々に囲まれ、挨拶の波から抜け出せずにいた。
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