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第七十四話 月下の社交会


 月明かりが夜の街を銀色に染め、石畳はまるで薄氷のように淡く輝いていた。

 馬車の車輪がカツリと音を立てて停まり、黒服の従者が恭しく扉を開く。

 降り立つのは、宝石を身にまとった貴婦人、勲章を胸に付けた紳士――一人ひとりが絵画の中から抜け出したような気品をまとっている。


 白大理石の階段の先には、金の装飾が施された広間が待っていた。

 高く吊られたシャンデリアの光は、磨き上げられた床に反射し、無数の光の粒となって舞踏会の空気に溶けていく。

 弦楽器の音が絹のカーテンのように場を包み、グラスとグラスが触れ合う小さな音がその隙間を埋める。


 ――その時、外から大きな歓声が上がった。

 まるで見えない波が押し寄せるように、ざわめきが広がっていく。


「ヴァルター議員!! こっち向いて!!」

「きゃー!! あのダンディズムがたまらないわ!!」

「ヴァルター議員の隣の人って、噂の奥様?」

「むきー!! 私が狙っていたのに!!」


 視線の中心に立っていたのは、白髪のナイスミドル。

 夜の闇を映すようなサングラスは、どんな場でも彼には様になる。

 ――バン・ヴァルター。共和国に数えるほどしかいない上院議員の一人。

 この国では議員制が敷かれているが、上院議員は任期がなく世襲制。品位を守るため、また腐敗を防ぐために設けられたものであり、政治への影響力はほとんどなく、議会での投票権だけを持つ永年議員。

 多くは半ば隠居し、社交の表舞台に出ることはない。だからこそ――今こうして姿を見せるだけで、人々は熱狂する。


(バンさん……すごい人気だ。裏の世界に閉じこもりたくなる理由もわかる気がするね)


 そのバンの隣で、終は黒いドレスを身にまとい、愛想を振りまく。深いスリットと肩を覆う繊細なレースが、わざとらしいほど妖艶さを強調している。

 黒いタキシードのバンと並ぶ姿に民衆は惹かれ、歓声を上げる。それは二人の醸し出す悪のオーラが助長させているようだった。


 熱狂の外れに、終は見慣れた色を見つける。

 ――桃色の髪。そこに挿された、金糸を織り込んだ黄色い髪飾りが月明かりを受けて揺れていた。


 エルリナだ。

 白いドレスは雪のように清らかで、柔らかな布の流れが歩みごとに波打っている。

 さすがは王族。ドレスに着られるのではなく、纏った瞬間からそれが自らの一部になる。


 隣には黄緑色の髪のエルヴァ。

 深緑のタキシードを颯爽と着こなし、長身と長い手足がよく映える。

 並び立つ二人は、舞踏会の絵画に描き込まれた理想の一対のようでもあった。


(ふふ……僕たちが目立っておくから、後は頼んだよ。王女様)


 終が視線で合図を送ると、エルリナはわずかに頷き、エルヴァを伴って会場の中心へと進んでいく。


 その背を見送りながら、終は隣の男に軽く体を寄せ、囁いた。


「バンさん。モテモテだね……僕、妬いちゃうなあ。僕だけのバンさんだと思っていたのに」


「ふ。ただの見世物だ。……言っておくが、俺にそういう趣味はないからな」


「わかってるよ」


 終はわざとらしくウインクを返す。

(バンさんに手を出したら、僕が怒られちゃうからね)


 歓声と視線を引き連れながら、終とバンは広間の奥へと歩を進める。

 

 

 ルシアン議員主催の夜会は、まだ幕を開けたばかりだった。




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