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第七話 仮面の売人


 王都セイランの朝は騒がしい。

 露店の掛け声、街角で演奏を始める楽師、活気づく商人たち。だが、その賑わいの奥に、常に“もうひとつの顔”があることを、知る者は少ない。


「ふぅ。休暇っていいなぁ。なんというか、心が弾むよね」


 終は王宮の白い薬師服を脱ぎ、街の人混みに紛れていた。

 今日は“薬師シュウ”ではなく、“終”としての休日だった。


 ひとしきり街を歩き、いつものように人々の噂を耳に挟む。

 武器の価格が上がっていること。北の国境で軍が動いたという話。王女の容態が少し良くなったらしいという、確証のない希望的観測。

 そして、ひときわ気になったのが――


「最近、薬で潰れた奴、多くねぇか?」


 と、裏通りで交わされた会話。

 終は、ひっそりと気のない笑みを浮かべた。


(ああ、順調だなあ)


 この王都に来るまでの旅で、終は山野に咲く稀少な植物──催眠性と依存性の高い花をいくつも手に入れていた。


 その花を使って作られた薬が、今や裏社会を静かに蝕んでいる。

 

 それは少し前の出来事。


◇ ◇ ◇


 とある夜。王都の地下路地、廃倉庫の奥。

 真っ黒の外套をまとい、顔を仮面で覆った“売人”が、闇の中を歩いていた。


「……来たか」


 犯罪組織の男が、倉庫の隅で声を漏らす。


 売人は答える。


「……約束のブツだ」


 床に小さな木箱を置く。男たちは慎重に中を確認した。


「……効果は?」


「……上々。……より依存性が高くなった」


 淡々と、感情のない声。売人は男たちの反応にも興味を示さない。


 組織のリーダー格が、無言で金貨の入った袋を足元に投げた。


「……何より。約束の金だ。持っていけ」


 売人は無言で袋を拾い上げ、ポケットに収める。


 誰一人、その仕草を止めようとはしない。

 威圧感も怒気もない。だがそこにあるのは、確かな“支配”。


 音もなく、黒衣の影が去っていく。


◇ ◇ ◇


 売人が消えた後、場に残された男たちが小声で話し出す。


「……何者なんすか。あいつ」


 若い下っ端が問う。リーダー格の男は煙草に火をつける。


「……知らねえよ」


「えっ? 知らないんすか?」


「……いいか、裏の世界っていうのはな、実力があるもんが生き残るんだ。素性とかは関係ねえ」


「はぁ……そうすか」


「ほら、ズラかるぞ。最近は王宮の騎士団が嗅ぎ回ってる。こんなところで捕まりたくねえだろ」


「へい!」


 倉庫の灯りが消える。

 取引の痕跡は、もうどこにも残っていなかった。


◇ ◇ ◇


 いつものように散策を終えた終は、南区の古びた塔へと足を向ける。

 石造りの壁に蔦が這い、塔の入り口には“危険・立入禁止”の札が貼られていたが、それを気にする者などいるはずもない。


「お邪魔しまーす」


「おかえりー。今良いところなんだ。だから、ちょっと待っててーって、うわあっ!」


 いつもの調子でレアリアが塔の奥から声を張る。小規模な爆発音の後、青髪の白衣の女が煙の中から姿を現す。

 その手には薬瓶と試験管、魔力反応で淡く光る液体。爆発物にしか見えないが、彼女が言うには新体系の魔術らしい。


「王女の様子、少し落ち着いたよ」


 終がそう言うと、レアリアは手元の実験道具を置いて、振り返った。


「え、それ、普通に国家機密じゃないの?」


「僕と君との仲じゃないか。ね?」


 終はにこりと笑うが、その目はどこか飄々としていて、真意が読めない。


「うわ、誤魔化し方下手。……まあ、いいけど」


 レアリアは肩をすくめて座ると、終の前に椅子をひとつ蹴って寄越した。

 終が腰掛けると、彼女はガラス棚の引き出しから書きかけの資料を取り出した。


「ところで、最近ちょっと気になる話があってさ」


「ふむ?」


「王都の裏社会で、依存性のある薬物が出回ってるの。しかも、それが妙に質がいい。作ってるの、相当な技術者よ」


「へぇ、怖いねぇ。危険な奴らがいるんだねー」


 そう言って紅茶をすする終は、どこまでも無害な笑みを浮かべていた。


 ──ほんの数週間前。

 彼が情報屋に差し出した、黒に近い紫色の小さな花。人の意識を緩め、深い眠りに誘い、繰り返し摂取すれば心身を蝕む。それでいて一時的な快楽と幸福感を与える、魅惑の植物。


 その花こそが、薬物の“素”だった。


 終は、王都に足を踏み入れたその時から、すでに裏社会に毒を仕込んでいた。

 表では王女を癒す薬師。

 裏では薬物を撒き、王都の闇に手を伸ばす者。


 彼は今、それらを徐々に掌の中に収めつつあった。


「まあ、僕は善良な市民だから、そんな悪い人たちとは関わらないけどねー」


「……そう言う発言すると、君が一番怪しく見えるけどなあ」


 レアリアがため息をつく。だが、真剣に疑ってはいない。

 終は相変わらずにこやかに笑い、研究室の窓の外に目を向けた。


 王都の街は今日も陽光に包まれていた。

 だがその足元では、すでに“仮面の麻薬王”による侵食が静かに進んでいた。




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