第七十三話 チークはピンク色
シャンデリアがいくつも天井に咲いていた。
壁には金と白を基調としたレリーフ、真紅の絨毯が優雅に敷かれ、楽団の音が空気を満たす。
ここは――舞踏会。
高貴な者達が集う夜会。
王国の代表として招かれたわたしは、その華やかな場に立っていた。
けれど――落ち着かない。
だって、隣には――
「……こんな場に立つなんてね。……剣を握っていない君は、本当にどこかの王女様みたいだ」
「なっ……い、今それを言う必要ある?」
目を細める終に、思わず顔を赤らめて睨み返す。
相変わらず。いつも通り。
でも――少しだけ、優しい顔をしている気がした。
それが、なぜだか胸をくすぐった。
「……エルリナ」
「……な、なに?」
緊張で思わず声が裏返る。
彼は、手を差し出してきた。
「踊る? ……王女殿下が立ちっぱなしなのも、絵にならないし」
「っ……いいわ。付き合ってあげる」
必死で平静を装いながら、その手を取った。
周囲には煌びやかなドレスの貴婦人たちと、紳士たちが踊っている。
けれど――彼と手を繋いだ瞬間、世界が色を変えた気がした。
ゆるやかに、わたしの腰に腕が添えられ、彼の手に導かれる。
音楽が甘く流れ、ステップが自然と合わさる。
まるで、何度も練習したかのように、息がぴったりだった。
その瞳が、わたしだけを見ていて。
その手が、わたしだけを抱いていて。
……なにこれ。なんで、こんなに……
夢みたいに幸せで、怖くなる。
「……変な顔してる」
「へ、変な顔ってなによ……!」
「ふふ、君はわかりやすいから。……緊張してる?」
「っ……してない……こともないかも……」
彼は、わたしの手をきゅっと軽く握る。
その温もりが、なぜだかとても安心させてくれた。
「……踊りながら寝ないでよ、王女様」
「寝ないわよ!」
「……そっか。なら――」
突然、動きが止まる。
目を合わせた彼の瞳が、やけに真剣で――
その手が、わたしの頬に添えられる。
(ま……まさか……!?)
思考が止まった。
彼の顔が、少しずつ近づいてくる。
もう、ほとんど呼吸が聞こえる距離。
唇と唇が――あと少しで――
「…………や、やっぱりダメーーーーっ!!!!!」
◇ ◇ ◇
目の前で椅子に腰掛け、本を読んでいる黒髪の美少女に対して強い嫉妬心と羞恥心を感じる。
「…………」
視界には、完璧美少女が映っていた。真っ赤な花のアクセサリーを頭につけ、艶のある黒髪を丁寧に結い、白く滑らかな肌に派手すぎない化粧。社交会用の黒いドレスは見事に着こなされ、細身でスラリとしたスタイルが完璧に映える。
そしてその“美少女”の隣で、わたしは化粧をしてもらっている途中だった。
(……あんな夢見るなんて……最低よ。……でもこの現実は予想していなかったわ)
エルリナはじっと、黒髪の美女――終を睨みつける。
「……ねえ。僕の顔に何かついてる? それとも僕の可愛さに惚れちゃったかな?」
余裕の笑み。美しい顔立ち。完璧な女装。
それがもう、腹立たしいほど似合っている。
「惚れるわけないでしょ!! というか、女装するんだったらもう少し大人しい女の子を演じなさいよ!!」
思わず声を荒げてしまった。
言った直後に後悔したけど、終は気にする様子もなく、本に目を落としたまま微笑んでいた。
その姿が――なんだか、切なくて、悲しくて。
だから、誤魔化すように声をかける。
「……ねえ。本当にこの作戦でいくのよね」
「うん。だってこれが最善でしょ。カップル限定パーティーなんだから、僕たちは二組にわかれる必要がある。そしたら誰かが女装をしなければいけないからね」
本を読みながら、何でもないように告げる。
「そう……よね」
理解はできる。でも納得はできない。
終の言っていることは、正しい。
――だからこそ、虚しい。
「……あれ?それともペア分けが良くなかった? バンさんとペアになりたかったのなら全然変わるよ」
「……ううん。大丈夫。……気にしないで、本でも読んでて」
終は「ふーん」と言って、また本に目を落とす。
(あんな夢を見なければ……。何を期待していたのよ、わたし)
エルリナは、深く息を吐いて、心を整える。
――やるべきことは、ちゃんとわかっている。
わたしが“王女”として、ここにいる理由を。
だからもう、夢の続きを望むのはやめる。
……たぶん。
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