第七十二話 笑う策士
ラズ・ラディア共和国にある王国大使館――。
見る者によって評価の変わる建築物。多くの人からは地味な建物と言われる王国の大使館は、その内部も質素堅実な内装をしている。絵画や芸術品が置かれるわけでもないその内装はシンプルながら、どこか暖かみを与えてくれる色合い。
そんな大使館の貴賓室を我が物顔で占領する人物を見て、終はやれやれと肩を竦めた。
「……さすが王女殿下。もう自分の城みたいに使っているね」
淡く皮肉を込めて声をかけると、エルリナは何のこと?と言わんばかりに微笑む。
まったく動じる様子もない。
「王国の大使館よ。使わせてもらわなきゃ損だわ」
「…… ふふ。その考え方嫌いじゃないよ」
苦笑まじりに呟いた終が椅子に腰かけたとき、部屋の扉がゆっくりと開いた。
「ふっ。……まさか、こんな風に来ることになるとはな」
低く、静かな声。
入ってきたのは、灰色と黒のストライプスーツを着こなしたバンだった。
「――あっ、隊長さん!」
エルリナがぱっと明るい顔をして駆け寄る。
彼女は未だに信じていた。バンが“王国特殊部隊の隊長”だと。
終は内心で笑う。
表向きの顔、裏の顔。
自分と同じように裏世界に生きるバンはいろんな顔を持っていた。
「これはこれは、エルリナ王女殿下。わたくしを覚えてくださっているとは至極光栄。……わたくしの友人のシュウが、いつも世話になっていると聞いております」
「ええ。……シュウには、いつも助けてもらっているわ」
「そうですか。それは我が友として鼻が高い。……此度は、そのシュウから助力を頼まれたので助太刀に来たのですよ。時折、言葉遣いが荒くなることもありますが、何卒ご容赦を」
バンはにこやかに笑ってみせた。
相変わらず、隙のない応対だ。
その時、少し遅れて、扉がもう一度開いた。
「……すまない。道に迷った」
エルヴァが静かに部屋に入ってきた。
「じゃあこれで全員ね」
エルリナが笑いながら席を勧める。
エルヴァは無言のまま頷き、終の隣に腰を下ろした。
テーブルに地図と資料が並べられ、情報共有の時間が始まる。
◇ ◇ ◇
「……なるほど。エルヴァの情報だと、ダンジョンの低層階が怪しいと」
「……ああ。風精にダンジョン近くで調べてもらったんだが、ノアリスの痕跡があったようだ。……場所まではわからなかったがな」
エルヴァの表情には、かすかに疲労の色が浮かんでいた。
ノアリスのこととなると、彼は冷静さを保てなくなる。
終はその感情の揺れを、黙って観察していた。
「そして、エルリナの情報では、そのダンジョンを管理してるのが……ルシアン議員、だったっけ?」
「そうね。ただ、なかなか会えない人物みたい。若手の凄腕議員らしいわ」
「だってさ、バンさん」
軽く丸投げすると、バンはタバコを取り出し、一本火をつける。
煙を吐きながら、肩をすくめた。
「……“だってさ”、じゃねえよ。……シュウ」
呆れ顔のまま笑みを浮かべるバン。
しかし次の瞬間、その目に静かな光が宿った。
「……さて、何から話すか。……まずはそうだな。お前らが追っている謎の組織とやらについて教えてやるか」
終は笑みを深め、エルヴァとエルリナも黙って耳を傾けた。
「……“アルス・エイドス”……奴らはそう名乗っている。一昔前はただの商会だったが、裏で奴隷売買に手を染め、今では立派な犯罪組織さ。共和国の地下でかなり深く根を張っている。……お前達が睨んでる通り、奴らは“ダンジョン”の中で取引をしているケースが多い」
終は目を細めた。
なるほど、隔離された空間としてのダンジョン――
違法取引にとっては、うってつけというわけか。
「そして最近になって、こんな噂を耳にした。“大きな取引がある”と。それは“世界を変えるほどの目玉商品”だってな」
バンは意味深に目を細める。
「……お前達の話を聞いて、合点がいった。“予言の子”か。……“恐ろしい存在”がいるものだ」
その言葉に、エルヴァが微かに反応した。
眉がピクリと動いたのを、終は見逃さない。
「……次に、ダンジョンについてだが――。あれは、命を賭けた“遊戯”だ。段階的に強くなるモンスター。巧妙になっていく罠。そして、それを乗り越えた者に与えられる報酬。……まるで誰かが挑戦者を試しているかのようだ」
バンが遠くを見つめるように語る。
「……で、そのダンジョンだが、そのエルフの言うようにしらみ潰しに探すのは得策じゃないな。……お前らも気づいているように、そのダンジョンに入れなくしてやれば取引きができない……そういうことだろ?」
終は、ふっと口元を緩めた。
「――まあ、そういうことになるね」
隣でエルリナが首を傾げる。
そして、バンは口元に再び笑みを浮かべつつ、感慨深そうに口を開く。
「……相手はこの国の人気者――ルシアン議員か。……なるほどな。その招待券を用意した人物は、とんでもない策士かもしれんなあ」
その視線が、意味ありげにエルリナに向く。
終はそれを横目で見ながら、軽く息をついた。
(策士……か。……確かに、そうかもね)
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