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第七十話 王国大使館


 ラズ・ラディア共和国、中央区に構える王国大使館。その重厚な門扉をくぐり抜けると、広がるのは一切の無駄を削ぎ落としたような静謐な世界だった。


 まるで精緻に彫り込まれた宝石のような建物。煌びやかな装飾品や絵画はどこにも見当たらないというのに、不思議と高貴な雰囲気が漂っていた。それは、石材の一つ一つが厳選され、構造そのものが完璧に設計された結果だろう。贅沢な虚飾ではなく、圧倒的な秩序と様式美によって成立した“格式”だった。


 そんな芸術品のような建物の貴賓室にエルリナはいた。


 その部屋もまた、建築士の設計思想を反映したかのような空間だった。壁には何も掛けられておらず、机も椅子も必要最低限。それでいて、材質や配置の一つ一つが見事に調和している。質素なのに格調高い──そんな矛盾した美しさがここにはあった。


「お、王女殿下も、ご、ご無事で何よりです」


 そう言って頭を下げたのは、王国大使・パワード・レックスだった。


 細身で、やけに神経質そうな中年男性。優しげというより、気苦労の絶えない生き方を続けてきた──そんな印象の人物だった。今も、額に浮かんだ汗を懐から取り出したハンカチでせわしなく拭いている。


「ええ。なんとかね。……って、今、“も”って言ったかしら?」


 エルリナは眉をひそめて問い返した。


「あ、ああ。そ、そうです。す、すみません。……お、王妃様が、先日、こ、こちらにいらっしゃっております」


「お母様が!? お母様も無事だったのね!」


「は、はぃぃ。……お、王妃様より、こちらを預かっております。 お、王女殿下がもしいらっしゃったら渡すようにと、た、頼まれております」


 パワードは小さな木箱を差し出した。


 エルリナがそれを受け取って蓋を開けると、中には王国の封蝋が施された手紙が一通。紙の質からしても間違いない。これは、紛れもなく母からのものだった。


 


 エルリナちゃんへ。

 共和国に来たなら、海の幸が絶品よ。あと、山の幸も意外と流通していて、とても美味しいわよ。

 それと、そうだ。あなたも良い歳なんだから、そろそろ未来の伴侶を決めるべきだわ。

 ルシアン議員なんてどうかしら。彼は爽やかで好感の持てる人物よ。エルリナちゃんより10個くらい歳上だけど、見た目的には全く問題ないと思うわ。それに彼はダンジョン管理を任されるほどの若手の凄腕議員なのよ。きっとあなたの求める“強さ”も持っているはずだわ。

 そうそう。彼が夜な夜な開催しているパーティーの招待券を同封しておくわね。カップル限定パーティーだけど、それは建前ね。参加者はそれぞれ従者と共に参加して、ルシアン議員を狙っているみたいね。

 じゃあ、頑張ってね。エルリナちゃん。

 追伸。私は自由に世界を旅します。またどこかで会いましょう。

 



 ──長々と書き連ねられた手紙。


「…………」


 エルリナは絶句した。


 中身はほとんど“推しメン紹介”と旅のグルメレポートでしかない。それでも、彼女は手紙を何度も見返した。


 母が、あの王妃が、意味もなくこんな手紙を書くはずがない。


(……お母様は、“そういう人”じゃない)


 エルリナはすっと立ち上がる。部屋の灯りに照らされ、紅玉のように光るその瞳が、真剣な色に染まっていた。


「パワード大使っ!!」


「は、はいぃぃぃ!!」


 反射的に直立不動になるパワード。だが、その手にはまたハンカチが握られていた。


「あなたの知っていることを教えてっ!! 共和国のことっ!! お母様が行きそうなとこっ!!」


「も、もちろんでございますっ!!」


 パワードは慌てて大使館の地図や書類をかき集めはじめる。あまりのドタバタぶりに、エルリナは思わず肩の力を抜きそうになるが──


「……あと、ついでにこのルシアンっていう議員についても」


 そう口にする頃には、彼女の脳裏には確かな“勘”が灯っていた。


(お母様がこの人を紹介するなんて、ただの縁談じゃないわ)


(……きっと、“何か”がある。ルシアン議員を通して、お母様の行方か──それとも王国にとって重要な情報か)


 真紅の瞳が、再び強く光った。


「そのルシアンっていう男──ちゃんと会ってみる必要があるみたいね」


 


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