第六十九話 ラズ・ラディア共和国
空の蒼と海の碧が交わる場所――ラズ・ラディア共和国。その首都、ヴェリシアは、まさに中立と自由を体現する都市国家だった。
高層の白壁と青屋根が立ち並ぶこの街は、東に広がる港と西にダンジョンの入口を抱えている。港には数多の交易船が停泊し、魚介の香りと潮風が混ざり合う。一方、都市の地下には古代遺跡が広がり、ダンジョン共々、冒険者たちを引き寄せてやまない。
議員制を採用し、貴族も王族も存在しないこの国では、選挙によって選ばれた者が政治を担っていた。故に三大国の争いにも距離を置き、独自の法と秩序を保っている。税制の軽さもあって、商人達の拠点としても栄えており、金と情報と人が行き交う、まさに混沌と自由の街である。
その都市に、終達の姿があった。
共和国の門を潜ったその日、三人はそれぞれ情報収集のために別行動をとっていた。
終には――向かう先があった。
昼下がり、石畳を一人歩く終の足取りは軽やかだった。上着の裾を風が揺らす。陽光がきらめく海の向こうに、真っ白な屋敷が立っていた。
(ここかな……相変わらずセンスがいいね)
白壁に黒鉄の門。その前で立ち止まると、終は微笑んで、手を掲げた。
「こんにちはー。お邪魔するよー!」
カチャン。
門を押し開けた瞬間、鋭い金属音が響いた。ジャキン。周囲から銃口が一斉に向けられる。
「何者だ。名を名乗れ!」
黒スーツに身を包んだ衛兵らしき男たちが終を取り囲む。その一人はサングラス越しに鋭く睨んできた。
(ああ、これこれ。バルドラス達もこういうのにしごかれてるんだろうな)
と、思っていたところで――。
「……下がりなさい。お客人ですよ」
屋敷の奥からゆっくりと現れたのは、背筋を伸ばした老紳士。アルフォンス。その姿は老いてなお威厳に満ち、スーツを見事に着こなしていた。
「やあ、アルフォンス。元気だったかい?」
終が手を軽く振ると、黒服たちは一斉に銃を下げ、整列する。
「ええ。元気ですとも。シュウ様もお変わりないようで」
アルフォンスは、マフィア〈リカオン〉のボス、バン・ヴァルターの相談役。終との接点は薄いものの、リカオンの幹部として常にバンの傍らにいた。
「バンさんに会いに来たんだけど、いるかな?」
「ええ、いらっしゃいますよ。最近のバン様は、少々退屈されていらっしゃるようです。……刺激を頂けると、とても助かります」
アルフォンスは静かに笑った。
◇ ◇ ◇
ヴェリシアの高級住宅街にある一室。派手すぎず、だが格式を保った白と金の内装。壁には芸術的な銃や刀剣が飾られ、暖炉にはほのかな火が灯っている。
部屋の奥で、一人の男が白いソファに腰を下ろしていた。白髪に白スーツ。年齢は四十代。共和国の議員バッジが胸元に輝いている。
彼の名は――バン・ヴァルター。
葉巻を燻らせながら、男は静かに目を閉じていた。
――ノック音。
「入れ」
短く命じる。扉がゆっくりと開かれる。見慣れた顔、老紳士アルフォンスが一歩前に出た。
「お客様です。バン様」
「客か……まあいい。通せ」
少し面倒そうに呟く。しかし、その直後――。
「やっほー。遊びに来たよー!」
「なっ!? シュウじゃねえか!!」
バンは跳ね起きた。驚きと歓喜。王国で共に陰謀を巡らせた青年。死んだと思われていた青年が、今、目の前に立っていた。
終は旅装に身を包み、軽い笑みを浮かべていた。その顔には、王国で見せていた仄かな無気力さと、底知れない企みの気配が混ざっていた。
「生きているとは思っていたが、本当に生きていたんだな」
「あはは。言ったよね。僕は死なないってさ」
バンは終の生存を知らなかった。終がレジスタンスに戻るより前に国外に出ていたからだ。
「そうか……良かった。バルドラス達にも知らせてやらねえとな」
「今はバンさんの下で鍛えられてるんだよね?」
「そうだ。この国にはいねえが、リカオンの構成員として立派にやってくれてる」
終が率いていた組織〈ヴェイル〉の構成員たちは、終の消息が絶たれた後、バンに引き取られていた。
「……シュウ。積もる話は山ほどあるが……お前の顔は、何か企んでいる顔だな」
そう言って、バンは葉巻を灰皿に落とした。どこか嬉しそうに。
終は、静かに笑った。
「……バンさん。人身売買組織……知ってるよね?」
その言葉に、空気が変わった。バンの目が細くなる。
「……ふっ。もちろんだ」
「実はね、ユナが攫われてさ」
「なにっ……!」
ユナ――終の忠実な助手。その実力はバルドラスすら凌ぐと噂される少女。彼女が――さらわれた?
「もう一人、“予言の子”ってのも一緒に攫われてるんだけど。……この国のことも含めて、いろいろ教えてくれると助かるな」
バンは立ち上がった。退屈だった日々の終わりを告げる鐘が、確かに今、鳴った。
白いスーツのジャケットを脱ぎ、袖をまくる。
「いいだろう。久しぶりに、暴れようじゃねえか」
その顔には、凶悪で、それでいて誇り高い笑みが浮かんでいた。
▼お読みいただきありがとうございます!
ブックマークや評価をいただけると、とても励みになります!
感想や活動報告へのコメントも大歓迎です。
毎日21時更新です。




