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第六十話 予言の子


 港町セイルハルトを、茜色の空が包み込んでいた。


 市場の喧騒は夕暮れとともに徐々に静まりつつあり、海風が潮の香りと炙られた魚の匂いを運んでいく。海に沈む陽の光が石畳を淡く照らし、行き交う人々の影を長く引き伸ばしていた。


 その中を歩く少女がふたり。

 一人は淡い桃色の長髪をなびかせ、もう一人は銀色のショートヘアに無表情な面持ち。手には食料や生活雑貨の入った紙袋をそれぞれ抱えていた。


「……これで、シュウ様に言われたものは、全部です」


 そう淡々と報告するユナに、隣を歩くエルリナは溜め息を吐いた。


「ふぅ……まったくあいつったら、一人で何してるのかしら。買い物くらい一緒に来ればいいのに」


 愚痴りながらも、どこか安心している声音だった。


 そんな二人に、不意に声がかけられる。


「――ようやく会えました。勇者様」


 少女の声だった。幼く、しかし凛とした響きを持ったその声に、二人が振り向く。


 そこには、小さな女の子が立っていた。


 年の頃は五歳ほどだろうか。薄紫色の長い髪が風に揺れ、瞳は星のように淡く輝いている。小柄な身体には純白のワンピースがよく似合っていたが、なにより印象的なのは、その年齢に似つかわしくない落ち着き払った雰囲気だった。


 その姿は、まるでどこかの姫君のようでもあった。


「……勇者って、誰のこと?」


 首を傾げるエルリナに、少女――ノアリスは柔らかく微笑む。


「もちろん、あなたですよ。エルリナ・フォン・リヴェルタさん」


 名を呼ばれた瞬間、エルリナの目が点になる。


「え……なんで、私の名前を……?」


 隣でユナは微かに目を細め、警戒心を隠さない。だがノアリスは、気にする素振りもなく小さくお辞儀した。


「申し遅れました。わたくし、ノアリスと申します。……“予言の子”と呼ばれることもありますわ」


「……予言の子? ……わたし、あなたに会ったことあったかしら?」


 問いかけるエルリナに、ノアリスは首を横に振った。


「いいえ。初めましてになります」


「そうよね。じゃあ、なんで名前を……まさか、予言……?」


 ぽつりとつぶやいたその瞬間、エルリナの顔に理解の色が差す。


 だが、ユナの視線は変わらない。じっとノアリスの一挙手一投足を観察している。


「そうです。予言です。……信じてもらえるのは嬉しいですが、エルリナさん。あなた、騙されやすいのでは?」


「えっ……」


 唐突な心配の言葉に、エルリナは面食らった表情を浮かべた。


 それを見たユナは、こくこくと無言で頷く。


「ちょ、ちょっと、ユナ!? そ、そんなに簡単に頷かないでよっ」


 顔を真っ赤にしたエルリナは、思わず抗議の声を上げた。ノアリスは小さく笑いながら、どこか誇らしげに言葉を続けた。


「でも、騙すつもりはありませんわ。……今はまだ、信じてもらわなくても構いません」


「そ、そう……。まあ、こんなところで立ち話もなんだし……ノアリスちゃん、だったかしら? よければ場所を変えてもいいかしら。というか、保護者とかは……」


「ええ、いますよ。お父様が」


「それなら良かった……」


「ですが、ご心配なく。お父様も、これから行く予定の宿屋の食堂に来ますから」


「……え?」


 エルリナの目が大きく見開かれる。彼女がこれから向かおうとしていた場所を、まるで当然のように言い当てられたからだった。


「ちょ、ちょっと待って。それも予言?」


 戸惑うエルリナの耳元で、ユナがそっと囁く。


「シュウ様もまもなく戻ってきます。ですから……大丈夫です」


 その囁きに、エルリナの表情がほんの少しだけ和らいだ。


 こうして、彼女たちと“予言の子”ノアリスの、出会いの夕暮れが始まった。




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