第五十四話 禁じられた森へ
朝日が木々の間から差し込み、村の屋根や土の道を黄金色に染めていた。
バイゼル村を出立するその朝――
終は奇妙な光景を目にしていた。
昨日、亡くなったと聞かされていた奥さんが、村の家の前に立っていたのだ。
「……帰ってきてくれたのか……!」
旦那さんは涙を流して喜び、その手で奥さんの肩を抱き寄せる。
しかし、子供達は母親に近寄ろうとしなかった。
女の子は怯えた目で奥さんを見つめ、幼い弟は姉の袖を強く掴んでいる。
(……おかしいな)
終は奥さんを観察する。
確かに生きているように見える。顔色も良いし、口元には微笑みまで浮かんでいた。
だが、どこか――
そう、どこか“生きている匂い”がしない。
けれど終は何も言わなかった。
今は神聖国へ向かう旅の途中。余計な問題には首を突っ込まない。それが彼の流儀だった。
「では、これで失礼します」
礼儀正しくお辞儀をする王女一行。
村を離れる際、村人たちは深々と頭を下げ、薬の礼を述べた。
「お前さん達が来てくれて、本当に助かった」
「また寄ってくだされ」
そうして一行は、森へと続く細い道を歩き出した。
◇ ◇ ◇
昼頃。
蝉の鳴き声と、湿った草木の匂いが混じる山の中。
(……なんだ?)
終はエルリナを見やった。
彼女はさっきから無言で歩いており、顔は仏頂面だった。
ため息も何度も吐いている。
(……体調でも悪いのかな?)
心配になった終は歩く速度を緩め、エルリナと肩を並べる。
するとエルリナは、誰にともなく小さく呟いていた。
「……やっぱり……おかしいわ……どうしてあんな顔を……」
終は目を細める。
(ああ……子供達のことか)
母親が帰ってきたのに、怯えていたあの子達。
きっとそのことが引っかかっているのだろう。
ふと、終は口元に薄い笑みを浮かべた。
「ずいぶん子供達に慕われていたね、王女様」
声をかけると、エルリナは小さく頷いた。
「……ええ」
反応が薄い。
(……本当に気になってるんだな)
終は首を傾げると、含みのある口調で問いかけた。
「一つ聞いてもいいかな? 子供達に何か変なことを言っていないよね? 僕、おかしなことを聞かれたんだけど」
その言葉に、エルリナの顔が一瞬で強張った。
「そ……そうね……あっ……!」
焦りの色がその桃色の瞳に広がっていく。
「えっ、それは……何て聞かれたの?」
エルリナの慌てる顔を見て、終はふっと笑った。
「ふふ。じゃあ秘密で」
意地の悪い笑みを浮かべる終。
エルリナはその顔を見て、頬を膨らませたり、眉をひそめたり、表情をコロコロ変えた。
やがて観念したように溜息を吐き、小さな声で白状するように話し始めた。
「……禁じられた森って……バイゼル村の近くなのよね」
唐突な話題転換に、終は目を瞬かせる。
「……ああ、村の近くだね。もう過ぎちゃったけど」
エルリナは眉間に皺を寄せ、何か決意したように顔を上げた。
「……やっぱり……戻りましょう。あの子達が心配だわ……」
その言葉を聞き、ユナも無言で頷く。
(……やれやれ。結局こうなるのか)
終は心の中で呟きつつも、嫌な気はしなかった。
日が傾き、再び森へと続く道を戻る。
蝉の声は薄れ、代わりに不気味な鳥の声と、どこからともなく漂う腐葉土の匂いが濃くなっていった。
◇ ◇ ◇
夜。
禁じられた森に辿り着いた三人は、そこにただならぬ気配を感じていた。
湿った空気。
ざわりと揺れる木々の葉。
真っ黒な闇が、森の奥を覗き込む者を拒むように広がっている。
「……何かいるな」
終が呟くと、ユナも無言でナイフを構える。
エルリナは剣の柄に手をかけ、強く握りしめた。
森の奥から、腐臭とともに――
何かが、蠢く気配がした。
(さて……何が出てくるのかな)
終は口元に冷たい笑みを浮かべる。
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