第五十二話 旅路の始まり
春の名残を抱いた風が、木々の枝葉を優しく揺らす。
透き通るような青空には、いくつもの白い雲が浮かび、その切れ間から差し込む陽光は、山道を柔らかな光で照らしていた。
小鳥たちは囀り合い、苔むした倒木の上では栗鼠が木の実を齧っている。
道端には、黄色、紫、白、桃色……様々な花が咲き乱れ、旅人たちの足元を彩っていた。
そんな長閑で美しい景色の中を、三人の人影がゆっくりと歩いていた。
先頭を歩くのは、桃色の髪を肩まで揺らし、白金の鎧を身に纏った少女。
その腰には細身の剣が帯刀され、陽光を受けて淡く煌めいている。
その後ろには、黒髪の青年。
視線は遠くを見つめ、どこか現実感のない瞳で景色を眺めている。
さらにその隣を歩くのは、銀髪で無表情な少女。
小柄ながらも凛とした空気を纏い、淡々と周囲を警戒するように視線を動かしている。
魔王国と化したリヴェルタ王国を後にし、彼らが向かう先は神聖国。
魔王ラディウスによって支配された国を取り戻すため、王女エルリナ、薬師シュウ、そして助手のユナは新たな旅路に足を踏み出していた。
(……裏に引きこもって、ラディウスを使って各国の情報でも集めるつもりだったんだけどな)
黒髪の青年――終は、歩きながら木漏れ日の揺れる地面を見つめ、無意識にため息を吐いた。
先日、白い影と対峙したあの不思議な邂逅。
その中で語られた、“超常の力”の存在。そして、この世界に転移してきたという別の存在。
白い影は、神聖国へ行くことをやめるよう告げたが、終の性格を考えるとその忠告は意味を成さない。
(僕が素直に言うことを聞くとでも。……それに神聖国に超常の力を持つ存在がいるなら行くしかないよね)
「……シュウ様。どうやらこちらの道が神聖国へと続いているようです」
淡々とした声が耳に届き、終は顔を上げた。
ユナが指差した先には、鬱蒼と木々が茂り、地面はぬかるみ、禍々しい雰囲気が漂っている細道があった。
「……なんだか薄気味悪いわね。でもこの道が近道なら行くしかないわ」
エルリナが顔をしかめた後、にこりと笑って振り返る。
その笑顔は、病に伏せていた頃の儚さとは打って変わり、太陽のように眩しかった。
「……シュウ。嫌そうな顔したって無駄よ。さあ、行くわよ」
「……はーい」
肩を落としつつも、少女に引っ張られる終。
ほんの数ヶ月前まで、病に伏せっていた人物とは思えない元気さだった。
(王国の封印を解いたせいかな……こんなに元気になるんだったら、解かなきゃ良かったなあ)
終は彼女の背を眺めながら、胸の奥に湧き上がる感情を無理やり押し込めた。
◇ ◇ ◇
夜。
月明かりは雲に隠れ、森の中は焚き火の淡い光だけが世界を照らしていた。
炎の赤が、三人とその向かいに座る行商人の顔を映し出している。
「ほう……それではレジスタンスを結成されたのですね」
ふくよかな体躯に、丸眼鏡をかけた行商人が、優しげな声でそう呟いた。
「レジスタンス? まあ……そうとも呼べるかしら。今は精鋭部隊の人?白髪の少し強面のおじさん率いる部隊はいなくなっちゃったけどね」
楽しそうに話すエルリナと行商人を、終は横目で眺める。
(……僕と同じように情報に価値を見出す者か。こいつが敵に回ると厄介だろうな)
行商人は、静かに頷きながらエルリナの話に耳を傾けている。
「なるほど……王国の地下遺跡が拠点とは、興味深いですね」
「そう?私はあそこ、薄気味悪くて苦手だわ」
「いやはや、実は私……こう見えて歴史マニアでして。遺跡や古代の遺物、大好きなんですよ。実はですね、ここに来る前、共和国で――」
瞳を輝かせながら熱く語る行商人。
だが、エルリナはそこまで興味がなかったのか「へえ、そうなのね」と曖昧な相槌を打っていた。
「……っと、つい語りすぎましたな。あ、そうだ。もう一つだけ」
行商人が声を潜め、焚き火の影で口元を歪める。
「“禁じられた森”……ご存知ですか?」
首を横に振る三人。
その反応を見た行商人は、怪談を語るような口調で続けた。
「この近くにある森なのですが……そこには御伽噺があるのです。なんでも、森の奥の墓標に死者を埋めると、蘇るとか」
「……それ、事実なの?」
エルリナが眉をひそめて問う。
「私も詳しくは知りません。ただ……最近、猫が蘇ったという噂を耳にしまして」
行商人は肩を竦め、「まあ、噂話ですがね」と笑った。
◇ ◇ ◇
翌朝。
行商人から食料や道具を買い、三人は再び山道を進んでいた。
山を一つ越えた頃には、空は茜色に染まり、森の影が長く伸びていた。
その時、ユナが前方を指差す。
「……あそこ。煙が上がってる」
視線の先には、山の裾野に小さな村が広がっていた。
夕焼け空を背に、家々の屋根から白い煙が細く立ち昇っている。
「村があるんじゃないかな?」
「そうね。行きましょうか」
野宿が苦手な二人の歩みは、自然と速くなる。
その背を眺めながら、ユナは首を傾げる。
焚き火の暖かさも、星空の下で眠ることも、ユナにとっては特別不便とは思えない。
不思議そうに瞬きをしてから、ユナはそっと歩を進め、二人の後を追った。
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