第四話 カリソメノ薬師
王都セイランの街は、今日も賑わっていた。
朝焼けに染まる石畳の通りを、行商人が荷車を引き、子供たちが元気に走り回る。
人々の話し声や笑い声の合間に、ときおり物騒な噂や陰鬱な話題も混じる。そんな空気の中、終は何気ない風を装いながら情報を拾っていた。
「──王女様、最近まったくお姿を見せられないそうで……」
「病だとか。原因不明らしいですよ」
「王宮の医師たちも頭を抱えてるとか……」
なんでもないさりげない会話。
けれど、終にとってそれは明確な“情報”だった。
(やっぱり、王女の病は本当らしい)
終は歩みを止めず、そのまま人混みに紛れた。
心の中には、微かな好奇心と――退屈を埋める暇潰しとしての、軽い興味。
「……遊びのつもりだったけど、これは少し面白いかもね」
やがて、彼の足は塔へと戻っていた。
南区の一角、石造りの古びた建物。爆ぜたような匂いと薬品の香りが、すっかり馴染んでいた。
扉を開けると、レアリアが机に突っ伏していた。
「……寝てる?」
「起きてるよー。今、目を開けただけ。つまり寝てたけど起きたところ」
寝癖がさらにひどくなった青髪を揺らしながら、レアリアが振り向く。
その顔には疲労の色と、妙に明るい好奇心が共存していた。
「ちょっと聞きたいことがあるんだけど」
「ふんふん。何でも来い」
「この国の王女……病気らしいけど。どう思う?」
レアリアは、興味を引かれたように目を細めた。
「あー、それね。私も噂くらいは聞いたよ。体調を崩して寝込んでるみたいだね」
「原因は?」
「公式には『不明』だけど……個人的な推測を言うなら、“魔力過剰症”じゃないかな」
「魔力過剰症?」
「簡単に言えば、体内に抱え込んだ魔力の量が、自分で制御できなくなってる状態。元々の資質か、あるいは何かの外的要因で魔力が増大しすぎたのか……いずれにせよ、普通の治療じゃ無理だね」
「放っておけば?」
「内側から壊れていく。神経系、内臓、最後は意識の崩壊。それでも肉体は魔力で延命されることがあるから……地獄だね。生きてるけど、生きてない。そんな感じ」
「なるほど」
終は無表情のまま頷き、すっと懐から小さな布包みを取り出した。
包みを開けば、乾燥された珍しい草葉や、鉱石の粉末が現れる。
「この草は?」
「“蒼玻樹”の葉。魔力を吸着し、緩やかに分解する作用がある」
「……またなんでそんな高級素材を?」
「まあ、道中でちょっとね。あとは、君の実験台と薬品を少し借りたい」
「はあ……ま、いいけど。失敗したら爆発するから気をつけてね?」
「その時は、塔ごと吹っ飛ぶかな」
軽く冗談を交わしつつ、終は手早く調合を始めた。
殺し屋として培った毒物と薬品の知識。命を奪うために学んだ技術が、今、誰かを救うために使われる。
それは皮肉なようでいて、彼にとっては自然なことだった。
やがて、小瓶に入った淡い銀青色の液体が完成する。
ほんのり光るそれは、魔力に反応する特殊な波長を帯びていた。
「完成。魔力吸着と分散効果、少量でも効くはず。副作用も、……まあ、致命的なものはないよ」
「……ほんとに、君は何者?」
「今は“薬師シュウ”ってことにしておいてくれるかな」
終は瓶を懐にしまい、フードを被った。
「王宮に行ってくる。あとは成り行きに任せてみようかと思ってね」
「……君、本当に変な人」
「ふふ。褒め言葉として受け取っておくね」
軽い口調のまま、終は塔を後にした。
その背中を、レアリアはしばらくの間、目を細めて見送っていた。
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