第四十一話 沈む月影
「……さて。お遊びはここまでだよ」
終は短剣をくるりと回し、逆手に構えた。
その声音には、最初の余裕混じりの軽薄さはなく、冷たい殺気が混じっていた。
グラディウスが咆哮と共に突進してくる。
重く鋭いその突進は、地面を抉り砕き、吹き飛んだ瓦礫が石弾のように辺りへ散乱する。
しかし――
終の姿が掻き消えた。
「……なっ……!?」
驚愕するグラディウスの背後。
そこに、いつの間にか終が立っていた。
「遅いよ、騎士団長」
その声が耳に届いた時には、短剣がグラディウスの背へと突き刺さっていた。
「ぐがぁぁぁっ!!」
咆哮と共に振り返り、黒い大剣を横薙ぎにするグラディウス。
だが終は、その場から霧のように滑り去っている。
見えない。
目で捉えられない。
焦燥と怒気が混じった声を上げ、再び剣を構えるグラディウス。
しかし――
「無駄だよ」
終は背後へ滑り込み、踵落としを叩き込んだ。
重い音が響き、地面に膝をつくグラディウス。
そこへ短剣が、容赦なく何度も何度も突き刺される。
背中、脇腹、肩口、首筋。
血と黒い体液が飛び散り、庭園の石畳を赤黒く染めていった。
「が……は……っ……」
荒い息を吐きながら立ち上がろうとするグラディウス。
だが――
「“最強”ね」
終は冷たい瞳で彼を見下ろした。
「夢見るのは自由だけど……君じゃ無理だと思うな」
そう呟くと同時に、終は短剣を下げ、ゆっくりと一歩踏み込んだ。
その足取りは、処刑台へ歩む死刑執行人のようだった。
「ぬおおおおおおおおっ!!」
血走った目で咆哮し、突進するグラディウス。
そのまま振り下ろされた黒い大剣を、終は二振りの短剣で受け止めた。
ギリギリギリギリッ!!
空気を震わせるほどの鍔迫り合い。
「っ……!!」
短剣を握る終の腕に、グラディウスの剛力が伝わる。
地面が砕け、足元が沈むほどの重量と圧力。
「おらあああああっ!!!」
全身の筋肉を膨張させ、さらに力を込めるグラディウス。
禍々しい黒い大剣が軋みつつ、終の短剣を押し潰さんとする。
だが――
「……ふふっ」
終は笑った。
「……力比べがお望みなら――」
刹那、終の全身から魔力の奔流が溢れ出す。
次の瞬間、短剣を握る終の腕が、グラディウスの剣を上方へ弾き飛ばしていた。
「――真っ向から叩き潰してあげよう」
終は、構えた右膝をそのままグラディウスの腹部へ叩き込む。
「がっ……は……っ!!!?」
凄まじい衝撃音と共に、グラディウスの巨体が射出されるように吹き飛んだ。
大剣を手放し、身体をくの字に折り曲げ、庭園の端まで吹き飛ばされていく。
崩れた石壁に激突し、そのまま瓦礫の山へと埋もれるグラディウス。
庭園は再び静寂に包まれた。
「……んー、残念。お得意のパワーも“最強”とは程遠いね」
血のついた短剣を軽く払う終。
しかし、その視線は油断なく瓦礫の山を見据えている。
――ガラガラッ……。
瓦礫が崩れ、黒い腕が突き出された。
「が……はっ……はぁ……な、何故だ……っ……俺は……最強の……はず……だ……っ……」
血に塗れた顔で、涙のように血液を零しながら、グラディウスが呻く。
だが――
「……馬鹿だね。君は……」
終は薄く笑った。
その時。
「し、シュウ……?」
崩れた階段から、王女エルリナが駆け下りてきた。
泣き腫らした目で、血塗れの騎士団長と終の姿を見て立ち尽くす。
「……!」
その瞬間、瓦礫の中から飛び出したグラディウスの腕が、黒い大剣を生成してエルリナへ向け投擲した。
「死ねぇぇぇぇっ!!!」
鋭い殺気と風切り音が夜気を裂く。
「――っ!」
思考より先に、体が動いていた。
終は王女の前へ飛び出し、その身を盾にした。
「がっ……!!」
大剣が終の肩口から背中へと突き抜ける。
骨が砕け、肉が裂ける鈍い音が響いた。
「し、シュウ……! なんで……っ!」
震える声で叫ぶエルリナ。
血を吐きながら、それでも終は薄く笑った。
「……僕の方が……君より……強いからね」
膝をつくことなく、彼は立ち続けた。
砕けた骨の痛みも、潰れた内臓の苦しみも、今の彼にとっては取るに足らない。
(痛いなぁ……でも……これくらいなら……)
口元に滲む血を拭い、視線を前に戻す。
そこには、ボロボロの体でなおも終を睨みつけるグラディウスがいた。
「……終わりにしようか、騎士団長」
終の瞳が、冷たく光を帯びる。
月明かりに照らされ、血に濡れたその姿は、
まるで――死神。
▼お読みいただきありがとうございます!
ブックマークや評価をいただけると、とても励みになります!
感想や活動報告へのコメントも大歓迎です。
毎日21時更新です。




