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第四十話 堕ちた騎士団長


「さて、騎士団長。僕はこれでも忙しい。さっさと君を処分して、次に進もうと思うんだけど……何か言い残すことはあるかい?」


 崩れ果てた王宮上層階の庭園。

 朽ちた石畳には割れた植木鉢や、折れた噴水の彫像が転がっている。

 かつての美しい景観は見る影もなく、血と瓦礫に塗れた廃墟と化していた。


 終は、その中心で転がる男――両腕を失い、血にまみれたグラディウスを見下ろしていた。


 両腕を失ってなお、その目には殺意と憎悪の炎が宿っている。

 だが返答はない。彼は唇を震わせるだけで、声を発することはできなかった。


 終は僅かに息を吐き、ユナへと視線を向ける。


「……ユナ。君は次の計画に進んでくれ。僕はこのデカブツを処分してから合流するよ」


「はい、かしこまりました」


 ユナは一礼し、その場から霧のように消えた。


(ふふ。完璧だね……教え子が成長していくのは、悪くない気分だよ)


 そう思った矢先――


「うがっ……あぐっ……うぐぉ……うぎっ……あがぁぁぁ!!」


 絶叫とともに、グラディウスの体から黒い煙が噴き出した。


 血走った目が見開かれ、口からは涎と血が混じった液体が滴り落ちる。


(……ん?何をしているんだい?)


 終が小首を傾げて観察していると、切断面から黒い棘のある腕が生え、さらに全身が膨張していった。


 鎧を突き破るように現れる黒鱗。

 額には二本の角が伸び、背中には蝙蝠の翼。

 腰からは蜥蜴の尾が生え、地面を叩き砕く。


 その変態を、終は無言で見つめた。


「へへ……へへへ……さっきはよくもやってくれたなぁ……」


 グラディウスは立ち上がり、口元を吊り上げて笑った。

 声は濁り、まるで悪魔の呻き声のようだった。


「……ふふ。何か悪いものでも食べたのかい?」


 終は薄く笑い、目を細める。

 その態度に、グラディウスの怒気がさらに膨れ上がった。


「貴様!!余裕ぶっていられるのは今のうちだ!!」


 彼は足元に転がる小瓶を見せつけ、踏み砕く。


「超魔薬を服用した!!今の俺は……最強だぁっ!!」


 その“最強”という言葉に、終は冷ややかな視線を返した。


(最強ね……滑稽だ。けど……少し、面倒くさくなったのは事実かな)


 次の瞬間、グラディウスは腕を変形させ、禍々しい漆黒の剣を生成した。


「いくぞっ!!!」


 咆哮とともに、巨体が地面を踏み砕いて突進してくる。


 終は短剣を逆手に抜き、滑るように身を翻す。

 黒い剣が振り下ろされた場所には、直径数メートルのクレーターが穿たれる。


(スピードもパワーも上がってる……)


 終は感情のない瞳でグラディウスを見据え、落ちていた騎士剣を拾い上げる。

 二刀で迎え撃つ。


 黒剣と短剣が火花を散らす。


 そのまま鍔迫り合いに持ち込むが――


「っ……!」


 重い。

 パワーが桁違いだった。


 耐えきれず吹き飛ばされる終。

 背後の瓦礫に叩きつけられ、石屑が降り注ぐ。


「……あいててて……やれやれだ」


 苦笑しながら立ち上がる終に向かい、グラディウスが新たな大剣を生成する。


「しねぇぇぇ!!」


 投擲された漆黒の剣が一直線に飛来する。


 首を僅かに傾け回避。

 直後、背後の壁ごと庭園の外へ大爆発が起こった。

 夜空の下、王都の廃墟が広がる。


 再びグラディウスへ視線を戻すと、

 彼の体はさらに醜悪さを増していた。


「ふふ、騎士団長。その角はどうしたのかな?……人間、辞めちゃうの?」


 額から伸びた角、背中の翼、そして尾。

 悪魔とも竜ともつかない形態。


(超魔薬……僕の薬とは比較にもならない粗悪品だね。副作用で理性を失い、怪物になるだけ。……裏で糸を引いているのは誰かな)


「うがぁぁぁ!!!」


 グラディウスが咆哮し、突進する。


 空気を裂く轟音。

 短剣を交差させて受け止めるが、衝撃が腕に鈍痛を走らせる。


「っぐ……!」


 剣圧に吹き飛ばされ、地面を転がる終。


 背後から迫る漆黒の剣閃。

 間一髪で跳び起きると、剣は地面を抉り取り、石畳が粉々に砕け散った。


 起き上がった終の目に映るのは、狂気に歪んだ悪魔の顔。


 そして終は、冷たく息を吐く。


(……仕方がない。僕も奥の手を使うか)


 夜風が吹き抜ける廃墟の庭園で、

 無感情な殺意を纏った終が、一歩踏み出した。




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