第三十九話 血の玉座
王宮、王の間。
そこは血と瓦礫と死臭に満ちた廃墟と化していた。
スケルトン達の襲撃を迎え撃つため指揮を執っていた国王ゼフィル・フォン・リヴェルタは、既に逃げ遅れていた。
その傍らにいるのは、最後まで王宮を離れなかった王女エルリナ。
護衛の兵達は、突如現れた異形によって一瞬で蹂躙されてしまった。
血に濡れた玉座の前で、金色の長髪を後ろで束ね、口元には整えられた口髭を蓄えた国王が、足から血を流しつつも気丈に立っている。
頭には宝玉を嵌め込んだ王冠を戴き、その瞳には深い叡智と覚悟の光が宿っていた。
彼が“賢王”と呼ばれる理由は、その佇まいだけでも伝わるだろう。
「逃げなさい、エルリナ……」
静かに、しかし力強く告げる国王。
「嫌よ……お父様を置いてなんていけない!」
涙声で叫ぶエルリナの視線の先。
玉座の階段をゆっくりと降りてくるのは、漆黒の外套を纏い骸骨の頭部を覗かせた異形の悪魔。
強者のオーラを纏うその存在は、周辺で倒れているスケルトンやゾンビとは明らかに異質だった。
(くっ、今の私では戦いにすらならない……)
内心で憤るエルリナ。その体調は完全に回復しておらず、護衛の騎士を圧倒した目の前の悪魔には到底敵わないことを理解していた。
異形は指をパチンと鳴らすと、床に走る魔方陣から二体のジェネラルスケルトンを出現させた。
全身を黒鉄の鎧で覆った骸骨兵。無言で王と王女を囲む。
運命は残酷だった。
国王を支えて必死に逃げるエルリナ。しかし激しい戦闘で砕けた床に足を取られ、彼女は転倒してしまう。
「くっ……!」
その隙に、ジェネラルスケルトンが国王を捕えた。
エルリナは落ちていた剣を拾い、絶望的な状況の中で一縷の望みをかけて剣を振るう。
「離しなさいっ!!」
しかしもう一体のジェネラルスケルトンが間に入って剣を弾き、力任せに彼女の体を壁際まで叩き飛ばした。
肺から空気が抜ける鈍い衝撃。
ジェネラルスケルトン達は国王を異形の前へと引きずる。
異形の悪魔は、国王の首を掴み上げた。
「……っ……ぐ……」
血の気を失った王の顔。その金髪と王冠が血に濡れ、賢王と呼ばれた威厳が今もなお崩れていないことに、エルリナの胸は締めつけられる。
異形はもう片方の腕を、国王の胸へ突き刺した。
飛び散る血飛沫。
「おとうさまぁぁぁぁ!!!」
絶叫するエルリナ。震える膝を無理やり伸ばし、剣を構えて異形へと突進する。
だが。
異形は片手で彼女の剣を掴み止めると、無造作に払いのけた。
エルリナの体は宙を舞い、再び砕けた床を転がる。そしてその勢いは止まることを知らず、どこまでも吹き飛ばされていくような感覚を覚える。
――死ぬ。
そう思った瞬間、衝撃は来なかった。
体を支える硬くしなやかな腕の感触。
ゆっくりと顔を上げる。
そこには、漆黒の衣を纏い、頭までフードを被った大柄な男が立っていた。
顔には黒い仮面。そして背中には巨大なバスターソード。
ゆっくりと優しく地面に降ろされたエルリナ。
「……あなたは……レイス?」
その姿は、かつて王宮中央広場で目撃された謎の薬の売人レイスと酷似していた。
背負う剣もまた、あの時のもの。
しかし――
“レイス”は、エルリナに向けて無言のまま、ダブルピースをしてみせた。
「……え?」
あまりに予想外な仕草に、エルリナは呆然とする。
“レイス”は何も言わない。ただジェスチャーで『逃げろ』と示す。
「……あなたが……あの骸骨を……倒してくれるの?」
ウンウンと大袈裟に頷く“レイス”。
階段の方を指し、手振りで逃げるよう促す。
エルリナは唇を噛む。
父を残して逃げることなど、本当は許されない。
しかし――王族とは“生き残ること”。
幼い頃から、何よりもそう教えられてきた。
涙で霞む視界の中、エルリナは血に濡れた玉座と父の亡骸を一瞥し、そして駆け出した。
――必ず、取り戻す。
心に決意を宿し、エルリナは血と瓦礫の王宮を駆ける。
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