第三話 蒼の衝撃
南区のはずれ。
王都の喧騒も届かない、打ち捨てられたような場所に、その塔はあった。
灰色の石を積み上げたような、ただそれだけの建物。
周囲の建造物とは明らかに異なる古さと、時代から取り残されたような静けさ。塔を包む空気には、目に見えない違和感が漂っていた。
終は、塔の前に立ち止まり、空を見上げる。
「……なるほど。変人の住処、か」
扉は鍵がかかっていたが、彼にとってそれは“開いている”も同然だった。
階段を上りきった先、嫌な予感がしてその場で少し待っていると――
ドンッッ!
中から鈍い爆発音が響いた。
それに続いて、何かが弾ける音と、ガラスの割れる音。塔全体がかすかに揺れたようにすら感じた。
終は一拍置いてから、無表情で呟く。
「本当に、変人らしいな」
躊躇もなく扉を開く。中は雑然としていた。巻物、試験管、黒く焦げた鍋のようなもの……そして漂う、混じり合った薬品と煤のにおい。
「うわーっ!? ちょっと待って、まだ換気が──あ゛ぁ!?」
怒号とも悲鳴ともつかない叫びが奥から聞こえ、続いて青い髪の長身の女が現れた。髪は跳ね、白衣には黒い煤の跡、右手には蒸気を上げるフラスコ。
彼女は終を見るなり、ぱちくりと瞬きした。
「……あれ? 誰?」
「ちょっと話が聞きたくてさ」
「えー、また王宮の監視? それとも私の爆発記録の確認? もしくは、“近所の子がビビってるからやめてください”とかいう苦情? ねえどれ?」
「全部違うよ。ただの……旅人、かな。それも迷える感じの」
終は気にする様子もなく、棚の端に腰かけるようにして言った。
「君が“変わった研究者”って聞いて、興味が湧いたんだ。ちょっと話してみたくてね」
「変わった研究者って……褒め言葉かな、それ?」
彼女は肩をすくめながら、フラスコを机に置き、焦げ跡を気にする様子もなくメガネをかけ直す。
「で、そんな迷える旅人さんは名前を教えてはくれないの?」
「おっと。失礼。 僕の名前は終。気軽にシュウって呼んでよ。 君は?」
「レアリア。レアリア=フォン=ツェントラル。……まあ、大学はクビになったから、名前の最後は切り捨ててもいいけど」
彼女は白衣の裾を払いながら、終をまじまじと見つめる。
「変わってるね、君。怖がる様子もないし、妙に落ち着いてる。普通は“うわっやべぇ人だ!”って引き返すもんだよ」
「引き返す理由がないから、残ってるだけだよ。……それに――」
終は視線を少しだけ鋭くする。
「君のような“本物の天才”には、たまに会っておかないといけないからね」
その一言に、レアリアはぽかんと口を開け、次の瞬間には破顔した。
「うっわ、そんなこと言う人、初めて見た! 私の研究理解できる人、誰もいなかったのに!」
「まだ理解してるとは言ってないけど、面白いんじゃないかなと思っているよ」
「その姿勢が最高なんじゃないか!」
レアリアは笑いながら、今にも爆発しそうな試験管を無造作に手に取った。
「よーし! せっかくだから、ちょっと見せてあげる! 最近できた“無音爆裂霧散式対人魔術”!」
「……名前からして物騒だけど」
「たまに失敗するし、安全性は保証しないけど、楽しいよっ!」
終は苦笑しながら塔の片隅に寄る。
「来るところを間違えたかな……」
ポツリと本音が漏れる。
そして塔の中に、もう一度爆発音が響いた。
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