第三十七話 地獄への扉
悪魔の号令が響き渡った瞬間――
地下祭壇の広間は、まるで地獄の門が開かれたかのようだった。
地面を砕いて這い出す無数のスケルトンとゾンビ。
重たい腐臭と血の匂いが空気を支配する。
「ひっ……ああああああああっ!!」
信徒の一人がゾンビに組み伏せられ、頬肉を食い千切られる。
その絶叫が呼び水となり、無秩序な混乱が広がった。
あちこちで信徒たちは這い寄るゾンビに喰われ、スケルトンに胸を貫かれ、血と臓物を撒き散らしながら倒れていく。
呆然とする者、逃げ惑う者。
だが、祭壇付近にいた者は誰一人として生き延びることは叶わなかった。
――バシュッ。
天井に向かって赤い閃光が弾けた。
リカオンの潜入工作員からの信号弾。撤退の合図だ。
「バンさん!」
終が叫ぶ。
「ああ、逃げるぞ!」
二人はすぐさま走り出した。
しかし――
ギギギ……
スケルトンが群れを成して広間を塞いだ。
白い骨剣を振り上げ、空気を裂く。
「チッ……やるしかねえな!」
バンは魔道式リボルバーを構えた。
銃身が淡く青白く光ると同時に、パンッという乾いた音が響き渡る。
魔弾がスケルトンの頭部を粉砕した。
終は短剣を逆手に構え、最前列のスケルトンの懐へ滑り込み、関節を切断し、顎を跳ね飛ばす。
敵が剣を振り下ろせば、それを刃で滑らせて奪い取り、即座に別の骸骨を薙ぎ払った。
しかし、敵は無尽蔵に湧き出てくる。
「バンさん! 囲まれた!」
「ちっ! ぶっ倒すぞっ!」
二人は背中を合わせ、骨の剣撃と腐敗した爪を捌き続けた。
足元では信徒の屍骸が無残に転がり、その腹を食い破るゾンビが終の足首に噛みつこうとする。
即座に短剣を突き立ててその首を切断し、血のような黒い液体を撒き散らした。
広間を抜けると、ようやく細い洞窟の通路が現れた。
二人はそこへ飛び込む。
しかし、暗く狭い洞窟の通路も地獄と化していた。
ゴゴゴゴ……
地面を割って這い出すゾンビ達。
何体も、何十体も。
洞窟全体が腐肉と黒い瘴気で満たされる。
倒しながら進む終達だったが、厄介なのはゾンビやスケルトンだけではなかった。
それは迷路のように入り組んだ自然の洞窟。いくつもの分かれ道が終達の行手を阻む。
「シュウ! 次はどっちだ!」
「バンさん、あっちだ! ……くそっ、こいつら、御丁寧に僕達の逃げたい道に湧いてきている」
「……あの悪魔は、性格が悪いんだろうぜっ!」
悪態を吐きながらも、バンと二人で敵を蹴散らしながら進む。
◇ ◇ ◇
「くっ……キリがねえぞ!」
バンが魔道リボルバーを撃つ。
パンッ、パンッ。
魔力弾がゾンビの頭蓋を砕き、奥へ奥へと道を作る。
終も短剣を閃かせ、頭部を貫き、喉を裂き、時に短剣を投げ、相手の武器を奪い取って切り伏せた。
通路は狭く、湿った土壁からは無数の虫が這い出している。
腐臭にむせながらも、二人は数時間にも及ぶ戦闘と前進を繰り返した。
ゾンビを薙ぎ払っては進み、スケルトンを切り裂いては進む。
疲労と血液の匂いが混じり合い、意識が朧げになる。
「バンさん……あと少しだ。もうすぐ……」
――視界の奥。
淡い月光が差し込む扉が見えた。
「見つけた……!」
終は血塗れの短剣を構え直し、最後のゾンビを首から両断する。
ギィィ……
重たい鉄扉を押し開けると――
「ここは……我々の……王都なのか?」
そこに広がっていたのは、かつての王都の姿ではなかった。
崩壊した城壁。
黒煙を上げる商業街。
路地裏を這い回る無数のゾンビとスケルトン。
絶望と恐怖の呻き声が夜空へ溶けていく。
「アニキー!!!」
ダミ声が響いた。
血塗れの鉄パイプを持ったスキンヘッド――バルドラスが、仲間を率いて駆け寄ってくる。
「バンさん!」
終が叫ぶ。
「こいつらと一緒に避難を! 街の住民を逃がすんだ!」
「あ、ああ……わかった。……シュウ、お前は?」
バンが苦悶の表情を浮かべる。
終は仮面越しに微笑んだ。
「僕は……ちょっと野暮用があってね」
バンは短く息を吐き、愛用の魔道リボルバーを差し出した。
「……そうか。……死ぬなよ」
終はその黒銀の銃を受け取り、冷たい感触を確かめる。
「ふふ……大丈夫。僕は――死なないから」
夜の王都に、闇より深い静寂と絶望が覆いかぶさっていた。
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