第三十五話 蠢く悪意
気味の悪い、ねっとりとした空気が地下空間を支配していた。
この淀んだ邪悪さは、祭壇から漏れ出す何かのせいだろう。
重く淀む空気を吸い込み、終は仮面の奥で息を吐く。
テントの奥から現れたグラディウスは、嫌悪感を覚えるほどに下劣な笑みを浮かべていた。
そしてその隣で、同じく醜悪な笑みを浮かべる司祭が声を上げる。
「この者が誰かはわかるな? 貴様らドブネズミなどひとたまりもないわ」
終とバンを見下ろすように言い放つ司祭。その隣でグラディウスが低く笑った。
「まあ待て。こいつらがドブネズミなのは否定しないが……無駄な喧嘩は俺の趣味じゃない。今日は大事な取引の日だからな」
グラディウスの余裕のある声色と、司祭の興奮した声が空間に響く。
だが終は返答しない。仮面越しの視線だけで圧を返す。
「……そんなに睨んでも怖くはないぞ。さあ、例のモノを出すのだ」
催促するように司祭が言った。
終は舌打ちをし、胸元から小瓶を取り出す。
赤黒く光る丸薬が入った瓶。
それを奪い取るようにして受け取る司祭。その目は、獲物に飢えた獣のように血走っていた。
「これが……!」
恍惚とした表情を浮かべる司祭は、肥えた体からは想像もできない俊敏さで祭壇へと駆けていった。
その背を眺めながら、グラディウスが低く笑い終達に声をかける。
「“本物”かどうか……お前達も見ていけよ」
そう言うと、近くにあるテーブル席を顎で指す。
終とバンは無言で椅子に腰かけた。そこは祭壇を真正面から見下ろせる、まるで観覧席のような場所だった。
「始まるまでに時間がある。少し……喋ろうじゃないか」
自慢げに語り始めるグラディウス。その声には、得意げで傲慢な響きがあった。
「これから何が起きるか、わかるか?」
「……貴様らのいう神とやらを復活させる儀式だろう」
バンが低く返す。
だがグラディウスは「復活? まあ、ある意味ではそうだが」と含み笑いを零すと、腕を組み、顔を上げた。
「実際は違う。あの司祭は神が降臨すると信じて疑わないが……御伽噺に過ぎんよ」
バンの瞳が怪しく光る。
「じゃあ……何が起こる?」
「まあまあ、慌てるな。今日までの俺の苦労話を聞いてくれよ。……あの王女、エルリナが体調不良だったことは知っているな?」
ぞわり、と終の背に冷たいものが走る。
「あれは……俺達が仕組んだことだ。この空間に蔓延る邪悪な魔力……感じてるだろう?」
グラディウスは満足げに喉を鳴らす。
「俺達は儀式のため、魔獣や魔物、魔人すらも生贄に捧げ続けた。祭壇にあるあの壺、見えるだろう?」
指差す先には、禍々しく黒光りする壺があった。
「この祭壇は、邪悪な魔力を集める性質を持つ。だが、留めておける容量には限界がある……わかるか?」
「……まさか」
終の声に、グラディウスが嗤う。
「その“まさか”だ。魔力を留めておく器が必要だった。そしてそれが……あの王女だった。運がいいことにな」
終の奥歯が軋む。
「準備は順調だった。だがある時、計画が狂う。どこぞの薬師が現れ、王女に溜まっていた邪悪な魔力を逃がしちまった」
視線が終へと突き刺さる。
「計画は振り出しに戻った。だが運命は俺達に味方した……お前達の持つ、あの“超魔薬”。それを代用できる……と、司祭は信じた」
静寂が落ちる。
やがてグラディウスが、冷たい笑みを浮かべながら告げた。
「俺か?俺は無理だと早々にわかった。……だからそれを逆手に取ったんだ。目的が達成できなくても、別の形で利用できるんじゃないかってな。……さっきの問いの答え、聞きたいか?」
終もバンも、無言でその続きを待つ。
「……“悪魔の召喚”さ」
グラディウスの声が静かに響く。
▼お読みいただきありがとうございます!
ブックマークや評価をいただけると、とても励みになります!
感想や活動報告へのコメントも大歓迎です。
毎日21時更新です。




