第三十四話 特別な日
黒い馬車が、夜の街道を静かに駆けていた。
月明かりを受け、鈍く輝くその馬車は派手すぎず、それでいて重厚で洗練された装飾が施されている。まるで、闇の貴族の乗り物のように。
終は馬車の中で揺られていた。漆黒の外套と仮面――レイスの姿で。
その向かいには、灰色のストライプスーツに黒のコートを羽織った紳士が座っている。
白髪のマフィアボス、バン・ヴァルターだ。
バンは薄い笑みを浮かべ、煙草を口に咥えた。
「今日は君が“レイス”なんだな」
仮面越しにバンを見つめながら、終は小さく頷く。
「そうですね。……今日は特別な日ですから」
「ふ……特別な日、か」
バンは煙を吐き出し、細めた目で終を見た。
――教団との直接対面。
その日がついに来たのだ。
独自の神を崇め、秘密裏に活動する謎多き集団。
奴等の崇拝対象の神の名は信者以外には知らされない。
だが終はすでに掴んでいた。
(“エル・ラ・ディウス”。かつて世界を混沌に陥れた魔法の王……。ある意味“魔王”ってことなんだろうな)
仮面の奥で口元が歪む。
「教団の奴らは、君の“とっておき”がどうしても欲しいらしい。計画が上手く進まず、かなり焦っているそうだ」
バンが煙草を灰皿に押し付けながら言った。
終は胸元の内ポケットから小瓶を取り出す。赤黒い宝石のような丸薬――超魔薬“ヴィルノス”。
「とっておき……これのことですね」
「ふっ……だがそれは“偽物”なんだろ?」
「ええ。この薬では神の復活なんてできないでしょうね。せいぜい人を魔人化させるくらい。……予想外が起きなければ」
「予想外……ね」
教団の目的は“エル・ラ・ディウス”の復活。
だが、死者蘇生は禁忌中の禁忌。
条件は理論上ほぼ不可能だと、終とバンは結論づけていた。
「作戦はシンプルだ。奴等の儀式に協力するフリをして潜入。不発になった混乱に乗じ、内部工作員からの合図で一網打尽にする」
「ふふ。さすがバンさん。手際が完璧ですね」
「……君にそう言われるのは光栄だが、逆にうちの連中がやらかさないかヒヤヒヤしてくるな」
「大丈夫ですよ。……きっと上手くいく」
二人は静かに笑い合った。
これから始まる闇のショーに胸を高鳴らせるように。
◇ ◇ ◇
ひんやりとした空気が肌を刺す。
視界を奪われた終は、その分、聴覚や嗅覚、皮膚感覚が研ぎ澄まされていくのを感じていた。
目隠し越しでもわかる。
今いるのは地下――洞窟だ。
馬車は王都から半日ほど走り続け、小高い山の麓に到着した。
そこで教団の案内人に目隠しをされ、そのまま歩かされること丸一日。
(目隠し程度で僕が道を見失うわけないだろ)
歩幅とその角度、足音の反響、風の流れ、湿度、匂い。
暗殺者として鍛え上げた感覚が、終に正確な地図を描き出していた。
そして歩みが止まる。
目隠しを外されると、そこは巨大な地下空間だった。
無数の松明が赤黒い光を放ち、壁に刻まれた古代文字を照らしている。
中央には黒曜石で作られた巨大な祭壇が鎮座していた。
隣のバンが小さく舌打ちする。
「……随分と趣味の悪い神殿だ」
バンの言うように終もこの空間に漂う邪悪な何かに気味の悪さを感じていた。
(空気が悪いな。……まあこれくらいが丁度いいのか)
少しの居心地の悪さを感じながら待っていると、壁際のテントから漆黒の司祭服を纏った太った男が現れた。
「これはこれは。遠いところご足労頂き感謝するよ。……ご覧あれ。あれが我らの神が再臨なさる祭壇。そして巫女」
司祭が手を広げる。
祭壇中央には獣面の頭衣装を被った巫女が立ち、無表情に祈祷を捧げていた。
「……お前が買い手か」
「ほう……貴殿が噂の“レイス”。貴殿も信徒になるというのなら、例の物を貢ぎ物として頂いてやっても構わぬぞ?」
「興味ないな」
「そうか。それは残念だ」
司祭は小声で「愛想のない奴め」と吐き捨て、すぐに作り笑いを浮かべた。
「……実はな、今日はもう一人、立ち会いの者がおってな」
そう言うと、テントの奥から大柄な人影が現れた。
その姿を見た瞬間、終は仮面の奥で冷たく笑う。
銀色の鎧、堂々たる巨躯、獣のように光る瞳。
――騎士団長グラディウス・バルネス。
(……まさかここまで来てくれるとはな。嬉しい誤算だ)
地下神殿に重苦しい空気が満ちていく。
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