第三十二話 静かな傷跡
体が痛い。
それは当然か。
死にかけるようなことをしたんだからな。
ヴェイルのアジト――
薄暗いランプが灯る部屋には、ほのかに薬草と金属の匂いが混ざり合う空気が漂っていた。
古びた石造りの壁には、必要最低限の棚とテーブル。
窓はなく、天井に吊るされたランプが温かみのある橙色の光を落としている。
殺風景だが無駄がなく、清潔に整えられたその空間は、どこか終の性格を映し出しているようだった。
その一室の中央に置かれた革張りのソファ。
そこで終は寝転んでいた。
体は包帯でぐるぐる巻き。胸のあたりは真っ赤に染まり、血が滲んでいるのがわかる。
(……まあ、動けるだけマシか)
ドタドタと慌ただしい足音が廊下を駆け抜け、部屋の前で止まった。
そして勢いよく扉が開かれる。
「シュート!! 生きてるか!! 今、アニキが戻ったぞ!!」
スキンヘッドの男――バルドラスだ。
騒々しいダミ声が部屋中に響く。
今の終は仮面をつけていない。
つまりバルドラスからすると、“レイス”ではなく、“シュート”。
ヴェイルの末端構成員でありながら、今や幹部候補に迫る急成長中の若手という認識だ。
そんなバルドラスの後ろから、黒い外套を纏い、漆黒の仮面を被った大男がゆっくりと入ってくる。
巷で恐れられるレイス――だがその正体は、終の影武者を務めるタケっちである。
終がわずかに目配せをすると、タケっちは「おっ」と小さく呟き、バルドラスの肩を叩いた。
「バルドラス。シュートと二人きりで話がしたい」
「うおっ、すんませんアニキ!! シュート!! 怪我になんか負けんなよ!! またメシ行こうや!!」
ダミ声で温かい言葉を残し、バルドラスはドタドタと廊下に去って行った。
扉が閉まると同時に、タケっちは仮面を外し、大きく伸びをする。
「ふぃー!! 言われた通り、任務完了やで!!」
赤髪がランプの光に照らされ、金色がかった色味を帯びる。
終は痛む体を庇いながら、わずかに笑みを浮かべた。
「ありがとう。……どうだった? みんな、びっくりしていたんじゃない?」
「おおっ、そりゃもうビビり散らかしてたで!! 中にはしょんべん漏らしたやつもおったんやないか!!」
終は「そっか。それは良かった」と短く返し、ソファに手をついてゆっくりと体を起こす。
その動作だけで胸に激痛が走り、思わず呻き声を漏らした。
「しっかし……大層な大怪我やな! あのハゲ頭が、お前を抱えて持ってきた時は、ホンマにビビったで!!」
「ハゲ頭……ああ、バルドラスか」
「せや! あいつ、めっちゃ焦っとったで!! “アニキィ!! シュートが!! 血がァ!!”って、もはや犬の遠吠えみたいやったわ!!」
タケっちは笑いながらも、ふと真剣な顔になる。
「……そんでまた、その大怪我で生きてるって言うのもめっちゃびっくりなんやけど! ホンマに生きてますか!? 次の瞬間にポックリ逝かんといてや!!」
終はかすかに笑った。
自分でも重症だとは思う。だが、命に別状はない。
それは“不死”という力を授かっているから――ではない。
長年の暗殺者としての経験と肉体制御術により、剣が急所を避けるように受け止めたのだ。
重要な臓器は無事で、問題は出血だけ。それも放置すれば失血死するが……。
(そういう意味では不死を実感できたか……)
「んで、次はどうするん? その騎士団長とかいうやつ、とっちめに行くか?」
「いや、バンさんからの連絡待ちだ」
「んお!? あの白髪のおっさんか!! なるほどな!! あのおっさんの力も借りて、国家転覆でも考えとるんか!? ホンマ怖いなお前は!! 絶対敵に回したくない奴や!!」
「国家転覆ね……まあ、状況次第ではそうなるかもね。でも、管理するのがめんどくさいかな。……僕の代わりに王様やってくれるならやってもいいけど」
タケっちはぎょっとして首を振った。
「王様はムリ!! この話はお終いやあ!!」
そう言って、タケっちは仮面を小脇に抱えたまま部屋を出て行った。
静寂が戻る。
薬草と血の匂いが混ざる空気の中、終は天井をぼんやりと見つめた。
「……さて。そろそろユナに会いたいもんだな」
血に濡れた包帯の下で、心臓が静かに脈を打つ。
痛みと共に、不死を抱えたこの体で、彼は何を成すのか――。
▼お読みいただきありがとうございます!
ブックマークや評価をいただけると、とても励みになります!
感想や活動報告へのコメントも大歓迎です。
毎日21時更新です。




