第三十話 暁の毒牙
まだ日も登っていない朝。
空の色は黒く、深い群青を滲ませていた。
月は雲間から覗き込み、夜明け前の王都を淡く照らしている。
鳥たちも眠そうに身を丸め、風すら凪いでいた。
そんな時間に、終は王宮にいた。
薬師シュウ宛てに届いた、一通の手紙が理由だった。
それは一見すると、ただの普通の手紙。
だが差出人は書かれておらず、内容は短く端的だった。
『あなたの知りたいことを教えます。隠された王宮の真実を』
待ち合わせ場所は、夜明け前の王宮騎士団練兵場。
終は読んだ瞬間に、罠だと理解していた。
(……まあ、そうだろうね)
王宮で目立つ行動を続ければ、いずれこうなることは分かっていた。
しかし、罠であっても構わない。
敵と直接顔を合わせられるなら、むしろ好都合だと考えていた。
⸻
シンとした静寂が練兵場を支配する。
昼間ならば兵士たちの怒声と金属音で溢れる場所。
だが今は冷え切った空気と月光だけが、そこにあった。
終は薬師シュウの格好のまま、広場のど真ん中に立っていた。
――そして。
不意に光が閃いた。
「……っ!」
殺気。
剣が月光を裂き、終の体を袈裟斬りにしようと迫る。
身体を捻り、寸前で回避する。
振り下ろされた剣が地面を抉り、鈍い音が響いた。
そこに立っていたのは、鋼鉄の巨人。
グラディウス・バルネス。
王国最強の剣士にして、王国騎士団団長。
その肉体は鋼のように硬く、鎧の重みをものともせずにしなやかに動く。
夜明け前の月光が、彼をより威圧的に照らしていた。
終は小さく笑みを浮かべた。
「やあ、騎士団長。こんな朝早くから剣の稽古とは奇遇だね」
「ふははは! 流石、王女殿下が認めた男。ただの薬師ではないと思ったが、中々やるようだな」
不意打ちを仕掛けておきながら、悪びれもせず豪快に笑う。
その態度に、終は冷ややかな目を向ける。
「……手紙の差出人は、あなたかな?」
「手紙? そんなものは知らぬな。管理下の施設に怪しい男がいた。そしたら知人だった。それだけだ」
(……黒幕はお前だろうけどね)
「なるほど。じゃあ僕は――」
踵を返しかけた瞬間、グラディウスが片手を上げた。
「待たれよ、薬師殿。良い機会だ。稽古の相手をしてくれ」
その瞳には、断れば殺すという殺気が宿っていた。
終は溜息を吐き、近くに放置されている訓練用の金属剣を拾う。
「……お手柔らかにね」
「いざ!!」
咆哮と共に巨剣が振り下ろされる。
終は飛び退き、切っ先をかわす。
地面が爆ぜる。
砕けた石片が宙を舞い、月光に煌めく。
グラディウスは間を置かず踏み込み、逆袈裟に斬りつけてきた。
剣を合わせ、受け流す。
だが重い。
一撃ごとに、腕が痺れる。
(速さはエルリナほどじゃない。でも……重すぎる……っ!)
その瞬間、グラディウスが左肘を突き出した。
直撃を避けるも、その衝撃で体勢を崩す。
巨剣が真上から振り下ろされる。
とっさに剣で受け止めた。
ゴギンッ!!
「――っぐ……!」
剣越しに響く鈍痛。
膝が地面を抉るほど沈む。
(ちっ。ちょっとまずいか?)
終は力比べを避けるために、一瞬押し返し、その隙をついてグラディウスから距離を取る。
再び現れた静寂。
互いに構え、相手の様子を窺う。
先に動いたのは巨体の方。
グラディウスは剣を抜き、踏み込む。
「王女殿下が目をかけた男。どれほどのものか、確かめてやろう!」
横薙ぎの一閃。
弧を描く刃が夜気を割く。
終は飛び退きながら斬撃をかわし、地面を蹴った。
間合いを詰め、懐へ滑り込む。
剣を突き出す。
しかし。
「甘い!」
グラディウスは片手で剣を叩き落とし、逆手に握った剣の柄で終の腹部を殴りつけた。
ゴッ!!
「がっ――!」
吐血する。
視界が赤黒く染まり、体が宙を舞う。
転がる終に、グラディウスはゆっくりと近づいてきた。
「予想以上にタフだが……これならどうだ?」
その時。
闇に紛れ、矢が飛来した。
「……っ!」
真横から放たれた矢が、終の腹部に突き刺さる。
「ぐっ……!」
血が溢れ、膝をつく。
視界が歪み、世界が傾いた。
グラディウスは勝ち誇った笑みを浮かべている。
「この毒矢は、神経を蝕む。……体の感覚がなくなってきただろう?」
「な……んで……?」
「お前が余計なことを探るからだ。目障りなんだよ。王女に対しても……我々には計画があるというのに」
「……なんの……計画……だ……?」
震える声で問いかける終。
グラディウスは、鎧の隙間から覗く冷たい瞳で見下ろし、笑った。
「今から死ぬお前には関係ない」
グラディウスは片手で終の首を掴み上げた。
もう片方の手に握られた剣が月光を鈍く反射する。
終の視界の隅。
柱の影に、桃色の髪がふわりと揺れた。
(……ふふ)
「死ね、薬師!!」
乾いた音と共に、剣が体を貫く。
血が鉄の匂いを広げた。
グラディウスは高笑いを上げると、ぐったりとした終を壁の外へ放り投げた。
王宮の外、崖下へと転がり落ちていく終の体。
夜明け前の王都。
月が冷たく彼を見下ろす中、終の意識は深い闇へと沈んでいった。
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