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第二十九話 去りゆく天才と残る問い


 レアリアの研究室を訪れるのは、これで何度目だろうか。

 いつものようにドアを開ければ、耳慣れたガチャガチャというガラス器具や金属音が響いてくる。


 しかし、今日はどこか違った。


 雑多な物が散乱するはずの室内は、いつもよりも整然としていて、棚の薬瓶も、机の上の試験管も、全てが綺麗にまとめられていた。


 そして、部屋の主――ボサボサの青髪を揺らすレアリアは、珍しく荷造りのような作業をしていた。


「やあ。レアリア。どこか出掛けるのかい?」


 終がそう声をかけると、レアリアは手を止め、振り返る。


「やあ。おはよう。……君はいつも突然来るよね」


 互いに、付き合いの長い友人のように笑い合った。

 レアリアは、いつもの自然体な笑みを浮かべたまま、問いに答える。


「なんかさ。魔法大学が私の研究を認めるから帰ってこいって。ほら、これこの前頼まれてたやつ」


 彼女はテーブルの上に置いてあった紙の束を終に差し出す。

 終はそれを受け取り、簡潔に「助かるよ」と感謝を伝える。


「へー。そっか、大学に戻れるんだねー」


 終の返事を聞き、レアリアは目を細める。


「あれ?あんまり驚いてないね」


「まあ、君は真の天才だからね。そうなる運命なのさ」


「ふーん。そっか……。それで?ここに来たってことは私に用があるんでしょ」


 終は短く息を吐き、王女エルリナの病について語り始めた。

 薬を定期的に飲んでいても、再び魔力過剰状態に陥ったこと。

 今は落ち着いているが、原因も再発条件もわからず、一般的な魔力過剰症状とは異なること。


 終の言葉を静かに聞き終えると、レアリアは腕を組み、僅かに眉を寄せた。


「……なるほどね」


「君の意見が聞きたくてね。……そうだ。王族だけしかかからない病とかってあるのかな?」


 終の問いに、レアリアは宙を見つめながら指先で髪を弄ぶ。


「あー。そういえば。昔、似たような病気聞いたことあるかも。……聖女の話。良からぬ魔力を吸って魔力過剰になっちゃうらしいよ」


「へえ。聖女ねえ」


 終は想像してみる。

 あの我儘でツンケンした王女が、白い法衣を纏い、祈りを捧げる聖女の姿を。

 顔には出さなかったが、心の中で吹き出しそうになる。


 そんな終に気づいたのか、レアリアは小さく微笑む。


「うん、僕も詳しいことはわからないんだけど……そうだ、魔法大学になら、その手の研究している人いるかも。何かわかったら手紙でも出すからさ」


「じゃあ、期待して待ってるよ。……そうだ。僕の所在がわからなかったら、この人を頼ってね」


 終は一枚の紙切れをレアリアに渡した。


 レアリアはそれを無言で見つめ、そして小さく頷いた。


「……了解。君の頼みならね」


 積み上げた本や薬瓶に囲まれながらも、荷造りを進めるレアリアの背中は、いつもよりずっと遠くに見えた。


(……さて。聖女、ね。もし本当なら……面白いことになりそうだ)


 終はそう思いながら、静かに研究室を後にした。




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