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第二十七話 蜜と毒の回廊


 王宮の昼下がり。

 白亜の石畳には柔らかな陽光が降り注ぎ、中央広場の噴水には、王国騎士団の紋章が金色に輝いていた。

 その広場を抜け、長い回廊を歩いていく終。今日は、もちろん薬師シュウとしての姿だ。

 そしてその隣には、一際目立つ存在がいた。


 黒鉄の兜を深く被り、鍛え抜かれた大柄な体に鎧ではなく簡素な革装備を纏う男。

 兜の襟後ろから赤髪がわずかに覗き、背中には大剣を背負っている。タケっちだ。

 今の彼は“シュウ雇いの凄腕冒険者”ということになっている。


(……やっぱり目立つね。まあいっか。威圧感があった方が都合がいい時もあるし)


 終はそう考えながらも、隣のタケっちに「喋るな」と念押ししてあった。

 彼は黙っているだけならその巨体で周囲に威圧感を与えるが、ひとたび、そのお喋りな口を開けばすべてが台無しになってしまうだろう。

 

 

 王宮に勤める者達の観察を続けていた終。

 しかし彼らから得られる情報には限りがあり、それは以前から感じていたように偏りがある。

 

 それは――この国の成り立ちを尋ねても、誰もまともに答えられない――という異常。

 そして、歴史書にも曖昧な記述しかない。

 つまり――


(この国には、表沙汰にできない成り立ちがある。……やはり表舞台に出てこない王族に直接聞いてみるしかないか)


 そんなことを考えながら機会を窺っていると、回廊の向こうから優雅な女性が歩いてくるのが見えた。


 長い金髪をゆるく編み込み、白いドレスに宝石を散りばめた女性――王妃、セレナリア・フォン・リベルタ。

 エルリナの母であり、先日も終に優しい笑顔を見せてくれた人物だった。


「あら?あなたは……シュウさん。エルリナちゃんのお友達の」


「こんにちは、王妃様。僕のこと、覚えていてくださったんですね」


 終が微笑むと、王妃も花のように柔らかく笑う。


「もちろんよ。エルリナちゃんとあなたの仲の良さは、とびっきりだもの」


(とびっきり……か。病弱な娘を救いかけた薬師ってだけなのに。……まあ、王女が勝手に懐いてるだけだけど)


 内心で毒を吐きながらも、終は礼を失さない。


「王妃様。少しだけ、お時間いただけませんか?」


「ええ。ちょっとなら大丈夫よ」


 王妃は指で“ちょっと”とつまむ仕草をして見せた。


「実は、僕……歴史マニアでして。この国の成り立ちや、過去の国王陛下の偉業などを勉強していて……何かご教示いただけたらと」


「あらあら、勉強熱心なのね……でも、ごめんなさい。私も外の世界から来たから……詳しくはわからないの」


 そう言って、王妃は小さく首を傾げる。その仕草は可憐であり、同時に底知れぬものを感じさせた。


 そして王妃の視線が、隣のタケっちに向いた。


「……そちらの方は?とても強そうな方ね」


「僕の護衛をしてくださっている冒険者さんです。無口なんですけど、とても頼りになる方なんですよ」


 終がそう説明すると、王妃はふっと微笑み、タケっちに頷いた。兜の男もサービスとばかりにマッスルポーズを披露する。


「最近、物騒だから……そういう自衛も必要よね。ありがとう、シュウさん。またお話しましょう」


 王妃は優雅に去っていった。

 残された終は、その残り香を鼻先で感じながら、無言で考える。


(……なんだろう、この違和感。……まあいいか。……なら次は王……)


 そんな時だった。


「おお!薬師殿ではないか!奇遇だな!」


 聞き覚えのある、朗々とした声が響く。


 現れたのは、騎士団長グラディウス。

 全身に鋼鉄の鎧を纏い、肩幅は人の倍ほどもある。鍛え抜かれた筋肉が、その鎧の上からでもわかるほど盛り上がっていた。


(……めんどくさいやつに会っちゃったな)


 終は作り笑いを浮かべて皮肉を飛ばす。


「やあ、騎士団長閣下。今日は鍛錬しないのかい?そのご立派な筋肉がうずうずしているように見えるよ」


「ははは!相変わらず口が悪いな、薬師殿!しかし私は忙しいのだぞ。騎士団を束ねる身だからな。……それで、ここで何をしているのかな?」


 腕組みをして見下ろすグラディウス。

 終は小さく肩をすくめる。


「……実は王国の歴史を調べていてね。騎士団長さんなら知ってるかなって」


「歴史……?うーむ。私は筋肉と剣のことしか知らんからな!すまんな、薬師殿!!」


 ガハハハと笑い飛ばすグラディウス。

 終は「そっか」と一言返すと、グラディウスから別の話をふられる。


「それよりもだ。聞いたぞ。王女殿下との模擬戦は中々の腕前だったと。近々、私とも手合わせをして欲しいのだが、どうかな?……私は強者との戦いを欲していてね。是非とも楽しみに待っているぞ」


 話は終わったとでも言うように去っていくグラディウス。

 タケっちがその背中に手を振るも、そもそもタケっちの存在に気づいていないようだった。

 

 終はそんなグラディウスに再び声をかける。


「そうだ。騎士団長さん」

「ん? 何かな」

「例の密入国者って見つかったの?相当な手練って有名みたいだけど。街とかでも噂になっててさ。騎士団長様なら、余裕で捕まえてくれるよね?」


 終は挑発するように言葉を発した。

 

 その言葉に、グラディウスの額にピキリと血管が浮かぶ。


「……もちろんだ。貴殿に言われるまでもない。必ず私が捕らえてみせよう」


 低く響く声に、周囲の空気が震えた気がした。

 そうして踵を返し去っていくグラディウスを、終は冷ややかな目で見送る。


(ふふ。僕のこと嫌いみたいだね)


 そう思った矢先だった。

 隣でタケっちが弱々しく呻き声を漏らす。


「ダメだ。我慢しろ」


 終が兜を押さえつけると、ちょうどそこへ顔見知りの侍女が駆け寄ってきた。


「シュ、シュウ様! エルリナ様が……!!」


 侍女の青ざめた顔に、終の瞳が冷たく光った。




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