第二十六話 仮面の下の大声
王都北西部の外れ。
そこには、派手すぎず、かといって地味でもない――上品さと威圧感を兼ね備えた洋館がある。
漆黒の鉄門を抜けると、白亜の壁面が広がる。無駄なく刈り込まれた芝と整列した植栽は、館の主の几帳面さと審美眼を示していた。
リカオンのアジト。
終は今日もここを訪れていた。
けれど、その装いは薬師シュウでも、麻薬王レイスでもない。
レイス配下“ヴェイル”の末端構成員――“シュート”。
左目を覆う黒い眼帯。黒髪に全身黒装束。だが半ズボンというあたり、若々しさとどこか舐められやすそうな軽さを醸している。
(……まあ、舐められるくらいが丁度良いんだけどね)
通された応接室はいつも通り、息苦しいほど静謐だった。
壁には各国製の拳銃や魔導具、宝飾品が整然と並ぶ。調和と狂気が同居する部屋。
バンは奥の椅子に座り、紫煙をくゆらせている。その背後には背筋を伸ばしたリカオンの相談役アルフォンス。
そして、終の隣にはもう一人――真っ黒な外套に黒い仮面で顔を覆った巨体の男。フードを被ったその巨体の存在感は圧倒的で、ただ立っているだけなのに部屋の空気が僅かに震えるようだった。
「……シュウ。君は本当に面白いことを考えるな」
バンは煙草を咥えたまま、片目を細めた。
「そいつは影武者か?」
「ふふ。レイスは本来こうあるべきなんですよ」
その仮面の下の正体――タケっち。
追われる身である彼を王都で自由に動かすには、この方法が最適だった。
ただし、彼には大きな問題があった。
――喋りすぎる。
「喋ったら、終わり。君を追っている奴らに突き出す。わかったね?」
出発前にそう告げたとき、タケっちは蒼白になり、無言で首をブンブンと縦に振った。
彼の目立つ言動と逆立つ赤髪は仮面と外套で隠され、その大柄な体格はレイスの放つ威圧感となって偽装できている。
今の彼は見事に無口な“レイス”を演じ切っているのだった。
「ふむ……」
バンは感心したように一言だけ漏らした。
「ま。というわけで、僕はしばらく王宮の調査に精を出すことにするよ。僕がやるべき裏の仕事は少ないからね」
「そうか。……こっちは動きがあったぞ」
バンのサングラス越しの眼光が鋭くなる。
「君の“とっておき”に奴等が食いついた」
終は無言で頷く。
バンの背後に控えていたアルフォンスが、数枚の資料を取り出してバンへ手渡す。
「国外のリカオンの拠点からの報告だ。……奴等、“教団”と名乗る連中が特別なものを探している、とな」
「教団……?」
終の声は低く落ちた。
「ああ。独自の神を崇めるそうだ。信徒だけが知ることのできる神……だと」
「それが……魔王か」
「そうだ。……ようやく奴等の尻尾を掴んだ」
その言葉には、長年追い続けてきた宿敵への執念と憎悪が滲んでいた。
「……進展があったら、また連絡しよう」
「ありがとう、バンさん」
終は素直に礼を告げた。
バンとの関係は取引と互いの利益のため。けれど、それ以上に、どこか“信頼”に近い感情がある気がしていた。
だが、終は信頼を信じていない。
人は簡単に裏切る。
彼はそれを、この身で知っているから。
立ち上がった終と影武者レイス(タケっち)が部屋を出ようとした時、バンが声をかけてきた。
「……君の秘書。ユナと言ったか。……最近、見かけないが、彼女は元気かな?」
終は振り返り、淡い笑みを浮かべた。
「ふふ。バンさん。それは秘密さ」
バンはニヤリと笑う。
「そうか。秘密か。……まったく、秘密の多い男だ」
バンの言葉を背中で受けながら、終は扉をくぐった。
◇
ヴェイルのアジトに戻り、自室に入ると、影武者レイスは外套と仮面を外した。
逆立つ赤髪が現れ、黒のヘアバンドで押さえた髪の下から、ニカッと笑う大柄な青年が顔を覗かせる。
「ふぃーー!! もう、ホンマに息が詰まるところやったわ!!」
「ご苦労様。やればできるじゃないか」
「まあな! タケっちは約束は守る男やからな!! にしても、あの白髪のおっちゃん……めっちゃ怖かったな!! オーラというか、圧というか……ビリビリ来たわ!!」
無口を強いられた反動か、矢継ぎ早に喋り続けるタケっちを、終はソファにもたれかかりながら眺めた。
(仮面をつければ、無口なレイス……か。出来過ぎだな)
薄闇に沈む彼の瞳に、何かを企む光が一瞬だけ閃いた。
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