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第二十四話 力あるもの


 木剣と木剣が激しくぶつかり合う。

 王宮の中庭は、いつしか静まり返っていた。


 見守っていた騎士たちは言葉を失い、ただ二人の“戦い”を目に焼き付けている。


 病み上がりの王女と、薬師を名乗る青年。


 それが今、まるで剣士同士の真剣勝負のように見えていた。


「やるじゃない、シュウ」


「そっちこそ。……もうちょっと手加減してくれてもいいのに」


 終は息を整えながら距離を取る。

 腕がじんじんと痺れている。木剣の衝撃の蓄積。打ち所が悪ければ、骨がいっていたかもしれない。


(ほんとに……どこが病人なんだかな)


 エルリナは額に汗を浮かべながらも、凛とした立ち姿のまま。

 だが、その呼吸は少しずつ乱れている。


「ふふ……さすがに、身体はまだ完全じゃないみたいね」


「無理するなよ。……ここで倒れられても、困る」


「……なら、受け止めてくれる?」


「へ?」


 エルリナが踏み込んだ。

 明らかに今までとは違う動き――“一撃に全てを乗せた”突進だった。


(……うーん。さて、困ったな)


 木剣が唸りを上げる。

 終はとっさに重心を低くし、横に弾こうと剣を振る。


 だが――


「っ……!」


 重い。

 単なる打ち合いではない、意志が乗っている。


 木剣が衝突した瞬間、終は気づいた。

 この攻撃は“本当に負けたくない”という感情の爆発だと。


「……チッ」


 終は手の内で木剣を滑らせ、エルリナの剣を受け流すように逸らした。


 体ごと流れたエルリナは、そのまま前に倒れかける。

 終は一歩踏み込み、彼女の腕を掴んで支えた。


「……まったく。危ないよ」


 近い距離。

 エルリナの額が終の肩に軽く触れる。


 彼女は一瞬、体を預けたあと、ふっと笑った。


「やっぱり……あなた、優しいのね」


「え?」


「“本当に剣を握ったことのある人”の動きだった。あれを避けれたなら……私の手首くらい、いけたでしょ?」


「……いや。そりゃあ、僕だって女の子の手を折る趣味はないけど」


「でもそれ、裏を返せば“男の手首なら折ってる”ってことでしょ」


 終は黙る。

 それが否定できないということを、エルリナは感じ取ったようだ。


 騎士たちがざわつき始めた。誰かが口笛を吹き、冗談めかした歓声が上がる。


 エルリナはふいに離れ、終から一歩引いた。

 木剣を投げるように騎士へ渡し、表情を引き締める。


「模擬戦はここまで。……これ以上は、王女としてはともかく、一人の女の子として困るわ」


「……どっちの意味で言ってるんだい?それ」


「さあ、どっちかしら?」


 そう言ってくすくすと笑うエルリナの顔は、ほんのりと頬が染まり、少女のようでもあり、戦士のようでもあった。


(あれ? そういえば、王女様の好きな人って、あのゴリゴリゴリラじゃなかったっけ?……まあいいか。人の色恋なんてどうでも)



◇ ◇ ◇


 

 夜の王都。

 西区の端に位置する下水路入口付近は、湿り気を帯びた腐臭と冷たい夜気に満ちていた。


 石造りの下水路入口の前に、グラディウス・バルネスが立つ。

 険しい顔には、焦燥と苛立ちが混ざっている。


(何故我々騎士団がこのような無様な姿を。 たかが密入国者に……)


 そんな思考を巡らせていると、前方で兵の一人が駆けてくるのが見えた。

 鎧を揺らしながら必死に走ってくるその姿に、ただ事ではないと察する。


「報告!」

 

 兵士は息を切らしながらも、声を張り上げた。

 

「逃走した密入国者、西の下水路にて足取りを確認! ですが――」


 言葉が詰まった。


「……ですが、何だ?」


 グラディウスは眉間に深い皺を刻み、鋭く問いかける。


「……鎧の兵が、全滅です。たった一人の相手に……」


 沈黙があたりを支配した。

 周囲の兵士たちは顔を見合わせ、誰もが緊張に喉を鳴らす。


「それで足取りは追えているのか?」


 グラディウスの問いに、兵士は俯きながら答えた。


「……いえ。下水路の奥で見失ったとのことです。ですが、そこには……」


 兵士の声が震える。


「そこには何があった?」


「……死体がありました。……兵たちの首が、捻じ切られて……」


 空気が凍りついた。


 首を、捻じ切った。


 武器ではなく、素手で。


 グラディウスの背に冷たい汗が流れる。


(……ただの密入国者ではない。いや、これは……人間なのか?)


 だが恐怖に呑まれるわけにはいかなかった。

 ここで立ち止まれば、この国の護り手としての誇りが廃る。


「そうか。……お前達!」


 グラディウスは背後の兵たちを見渡し、声を張った。


「草の根を分けてでも探すぞ! 王宮から脱走したとあっては、我々騎士団の恥だ。なんとしてでも見つけろ!」


「「はっ!」」


 兵たちは声を揃え、一斉に散開する。


 グラディウスは剣の柄に手をかけたまま、暗い下水路の奥を睨みつけた。


(……この胸騒ぎ。……あれは、ただの脱走者ではない)


 彼の足元を、下水路から流れ出る水が冷たく濡らした。




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