第二十三話 模擬戦
朝の王宮は、陽光に包まれながらも、ぴんと張り詰めた空気が流れていた。
中庭では、数人の騎士たちが見守る中、木剣の打ち合う音が高く響いている。
その中心には、ピンク色の髪を揺らしながら木剣を振るう少女――王女エルリナ。そしてその相手は、王国騎士団長、グラディウス・バルネス。
筋骨隆々、年の頃は三十中程。鋼のごとき肉体と、隙のない構え。
対するエルリナは細身の身体でありながら、その剣筋は鋭く、正確だった。
「はあっ!」
打ち込む一撃をグラディウスが受け止める。
音が鳴る。火花が散る。そして互いに間合いを取り、相手の隙を窺う。
「……王女殿下。お加減は?」
「……病み上がりだとは言わせないで。手を抜いたら怒るわよ?」
ふ、とグラディウスが笑った。
「恐れ入りますな」
その一言の後、剣と剣が再びぶつかり合う。
その様子を、少し離れた場所から終――薬師シュウは眺めていた。
頬杖をつきながら、思わず口に出す。
「……おー、やってるねぇ。あれで病人っていうのが、信じられないなぁ」
そこへ、彼に気づいた騎士が近づいてくる。
「シュウ殿。王女殿下があなたとの稽古を希望されています」
「……え?」
思わず目を細めた。
「いやだよ。僕はそういうの専門外さ。お薬出すくらいなら付き合うけど、模擬戦なんて勘弁してほしいね」
騎士は苦笑いを浮かべたが、それを吹き飛ばすように、今度は本人が言葉を放った。
「何を渋っているの?逃げるの?」
エルリナが木剣を持ったまま、軽やかに近づいてくる。その顔には、どこか挑発的な笑みが浮かんでいた。
そして、その後ろから、さらに厄介な男が声をかけてきた。
「どうした、薬師殿。逃げ腰か? 病人相手に腰が引けたか?」
それはグラディウスだった。
あー、めんどくさいな、と終は内心でため息をついた。
「逃げ腰って……そもそもこれ、僕の仕事じゃないからね?」
「だが、王女殿下の御要望だ。断るのは……どうかな?」
騎士団長は不敵に笑ってみせる。挑発する気満々だ。
終は一瞬だけ目を細めて、そのまま空を見上げた。
(……まったく。煽り方が雑なんだよね。まぁ、負けてあげればいいか。派手に転んで笑ってもらえば、それで満足してくれるだろう)
「……わかったよ。やってやるよ」
「ふふっ。よろしくてよ」
エルリナが嬉しそうに構える。終も木剣を受け取り、なんとなくそれらしく構えてみせた。
と、そのとき――。
「団長ーッ!!」
遠くから、兵士が一人、息を切らして駆けてくる。
「どうした!」
「……先ほど捕らえた、密入国の男が……脱走しました!」
「……は?」
グラディウスの眉が跳ね上がる。
「馬鹿な。あいつは手錠をされ、鎖で繋がれていたはずだ!」
「それが……すべて破壊されていたとのことです!」
「……っ!」
騎士団長が無言で踵を返し、兵士と共に駆けていく。
(ほらね、そうやって人を煽るから、天罰が下るんだよ)
終は心の中で呟き、剣を床に落とそうとする――が。
「さあ、剣を構えなさい」
エルリナの声に動きが止まる。
「え、まだやるの?」
「もちろんよ。団長がいようといまいと関係ないわ。私はあなたと剣を交えたいの」
「……はいはい。仕方ないね」
終が再び木剣を握る。気怠げな顔のまま、軽く呼吸を整えた。
(……まぁ、手加減して適当に受けてあげれば気が済むでしょ)
しかし――その考えは、初撃で覆される。
エルリナの踏み込みは、獣のように速かった。
木剣が正面から振り下ろされる。単純な縦斬り。しかし、重い。速い。
終は反射的に木剣を横に構えて受ける。
ゴッ、と乾いた衝撃。手首がしびれ、足元が滑りかける。
「な……」
「どうしたの?さっきまで威勢よかったじゃない」
すかさず繰り出される横薙ぎの一撃。
終は体を沈めて避け、エルリナの内側に滑り込み、そのままの姿勢で床を蹴って距離を取った。
(あれで病み上がり……? いや、うん。想像以上だね)
彼の目が真剣さを帯びる。
もう“適当に負けてやる”どころではない。
「ふっ……」
エルリナは笑っている。楽しそうに。
その笑みは少女のものではなく、剣士のそれだった。
そして再び間合いを詰めてくる。
それに合わせるように終も木剣を振るう。
左からの斬撃を受け流したエルリナは返す刀で突きを狙う。
シュウは腰を落とし、わずかに体を傾けて躱した。
が、そこにもう一発。
(どう躱すかを読んでる……!)
終は足を払われる寸前で飛び退いた。
背中に冷や汗が伝う。
「……やれやれ。僕、力と力のぶつかり合いって苦手なんだけどなぁ……」
「だったら、ずっと逃げ回っていればいいわ」
「……言ってくれるね」
終が小さく息を吐く。
殺し屋時代の“癖”が顔を出す。彼の体が、静かに、しかし鋭く構えを変える。
目立たない構え。重心を下げ、足は微かに揺れている。
“いつでも消えるように”。
エルリナが気づいたように目を細めた。
「……その構え、やっぱりただの薬師じゃないわね」
「……さて、ね」
二人の剣が再びぶつかり合う。
――戦いは、想像よりもずっと、白熱していた。
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