第二十二話 忘れられた思い
夜の丘を渡る風が、静かな空気を震わせる。街を見下ろす光景は相変わらず美しく、しかしその美の下に潜む真実は、バンの語る言葉と共に重く降り積もっていく。
「……“国が売られた”という事実を知った。男は、最初、それが信じられなかった。……だから確かめたんだ。社交会に来ていた元同僚の一人と、後日、連絡を取った」
バンの声は低く、語るというより“吐き出す”ように感じられた。
「……そして男は、自分の正体を明かして、問い詰めた。……『なぜ国は売られた?』と……な。だが返ってきた返答は、驚くべきものだった」
彼はポケットから新しいタバコを取り出し、火をつけた。その動作すら、どこか重々しい。
「『あれは陛下が語る御伽噺だ』……元同僚はそう言った。自分達は自称・国王を名乗る老人の妄言に付き合うよう言われているだけだ、と。……それを聞いた男は、憤怒した。怒りをぶつける場所を失って、とうとう……その同僚を殺してしまった」
終はその話を聞きながら、心の中で呟いた。
(……なるほど。記憶障害が発生していたのか。それは今のこの状況と似ている)
「……その後も男は自身の国についての情報を調べるも有効な手がかりは見つからなかった。……だが、自身の記憶とその社交会で聞いた内容が忘れられなかった男は、常に心の片隅にそれを置き続けていた」
バンはタバコを深く吸い込んだ。
そして吐き出す。それは何かを出し切るような仕草だった。
「……さて。シュウ。……君は聞いたことがあるだろうか?……その昔、“魔王”という存在がいたことを」
「……“魔王”……ですか。……噂くらいなら」
「……ふむ。知っているのか。流石だな」
終は“魔王”という単語がバンの口から出るとは思っていなかった。そして下手に嘘をつくと、それが態度に出てしまうのを嫌ったシュウは、あえて嘘をつかなかった。
「“魔王”。それは歴史からその名を消された存在。……知っている者はごく僅か。それこそ王族や教皇などの国の長、そしてワタシのようなハグレモノ。……シュウ。お前は……、いや、よそう。ワタシも虎の尾を踏みたいわけではないからな」
バンの視線は終の横顔をじっと見据えた。敵意はないが、探るような光。
「……“魔王”についてわかっていることは少ない。何故なら、魔王に関わることやその痕跡は、“なかったこと”にされているからだ。不思議な力によってな」
夜の王都の光が、どこか遠くに感じられる。今聞いているこの話は、王都を包む“現実”のさらに深い底に存在しているように感じられた。
「……“奴等”の目的、それは、おそらく“魔王の復活”だ。……ワタシもあの“男”と同様に様々な場所で話を聞いた。……“奴等”は実験と称し、儀式を行っている……とな」
話が繋がってきた。
バンさんは、“男”と同じように“魔王”の復活を畏れている。その“魔王”とやらが僕の未来かはわからないけど、僕がこの世界に来た意味に関係はあるかもしれない。
そして、この王国の王宮。そこでも不自然な記憶消失事件が起きている。つまり。この王国でも“魔王”もしくは、“奴等”というのが暗躍している可能性がある、ということだ。
なるほどね。興味深い。
「……話は長くなったが。……この王国には、おそらく“奴等”がいる。“魔王”を崇め、その復活を目論む謎の集団が。……そしてその手掛かりはおそらく王宮にあるだろう」
「なるほど。……バンさん。僕からも質問してもいいですか?」
バンは無言で頷いた。
「バンさんが、あの“男”なんですか?」
バンは答えず、ただタバコの火を見つめていた。やがて小さく、首を振る。
「……ふむ。それは違うな。……ワタシは“男”とは違って、復讐に取り憑かれていないからな」
「そうですか。じゃあ、もう一つだけ。……バンさんは、何故、“魔王”の復活を阻止しようとしているんですか?」
バンは日の消えたタバコを所在なさげに振り、灰を落とす。
「……それはな。“約束”だからだ。……“男”とのな」
そんなバンの表情はどこか悲しげで寂しげだった。
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