第二十話 新たなる影
成金趣味丸出しの屋敷だった。
高そうな彫刻が置かれてはいるが、何の脈絡もない。
壁には色味も構図も統一感のない絵画が並んでいる。
一見すれば豪華だが、見る者が見れば、安っぽい――そんな内装。
ここは王都の北区に建つ、ロッド・ガレオン男爵の邸宅。
旧家でも名家でもなく、商業の手腕で爵位を得た家系。
貴族としての誇りより、金と快楽を優先する、俗物。
その屋敷の一室。薄暗く重苦しい空気の中。
向かい合って座るのは、スキンヘッドで人相の悪い男――バルドラス。
「……例の薬は?」
痩せた男爵の指先が小刻みに震える。
「もちろん、持ってきたぜ」
バルドラスはニヤリと笑い、木箱を机に置いた。
箱を開けると、中には小瓶が並ぶ。
蒼に淡く光る粉。
――ヴィレリア。
服用すると一時の陶酔と快楽をもたらすが、やがて心も体も蝕む、禁断の薬。
「へっへっへ。毎度あり! 旦那のお陰で薬が良く売れるぜ。 旦那も使いすぎないようにな」
「もちろんだ。だが、やめられなくてね……。お前達のお陰で、最近は随分と金も稼げている」
乾いた笑いと共に、ガレオン男爵は金貨の詰まった袋を渡した。
バルドラスは軽く袋を振って音を確認し、満足げに頷く。
そのまま、男爵の部屋を後にするバルドラス。
薬物は既に、貴族社会にまで浸透していた。
金に困っていたガレオン男爵に持ちかけたのは、終――レイスだった。
最初は内密に取引されていたが、あっという間に貴族たちの間で噂が広まり、次々と依存者が現れた。
富も地位もあるはずの貴族たちは、快楽に抗えず、金を惜しげもなく支払う。
裏社会での安全は、リカオンの庇護によって担保されていた。
誰も、レイスの計画を止めることはできなかった。
◇ ◇ ◇
屋敷の外、馬車の影に寄りかかっていた黒髪の青年が、バルドラスを見つけて手を振った。
「終わりましたか? バルドラスの兄貴」
「ああ、終わったぜ、シュート」
シュートと呼ばれたその青年は、片目に眼帯をした中性的な顔立ち。
ふわりとした物腰に、柔らかな笑み。
一見すれば、裏社会には不釣り合いなほど優しげだった。だが、バルドラスは彼をむげにできない。
――ユナが連れてきた人間であり、アニキ(レイス)のお墨付きだからだ。
複雑な思いを抱きつつ、バルドラスはシュートを連れてアジトへと帰還する。
◇ ◇ ◇
“ヴェイル”――
レイスが率いる薬物売買組織の名。
本来、終にとって名前などどうでもいいものだったが、リカオンのボス――バンから「組織に呼称がなければ士気も秩序もない」と言われ、渋々つけたものだ。
ヴェイルはまだ独自のアジトを持たず、現在はリカオンのアジトの一つを借りて活動している。
南区にある終の拠点は、表には出せない“隠れ家”であり、その存在を知るのはごく限られた人間のみ。
ヴェイルの仮アジト内。
構成員たちは思い思いに過ごしていた。
ただのチンピラやゴロツキではなく、仕事の際には綿密な打ち合わせと連携を行う。
統制の取れたその様子は、リカオンの影響を受けたバルドラスが、“マフィア流”の運営方針を取り入れた結果だった。
バルドラスが帰ってきたことを確認すると、構成員たちが次々に声をかけてくる。
「お疲れ様です、兄貴!」
「取引、どうでした?」
「バッチリだ」
バルドラスは笑いながら親指を立てた。
「今日もたんまり儲けた。これはアニキ――レイス様のおかげだ。お前達、今日の仕事は終わってるな? だったら……」
――ジョッキを掲げ、叫ぶ。
「アニキに感謝をささげ、今日も騒ぐぞ。宴だぁーッ!!」
「「「「うおぉぉぉぉぉ!!!!!」」」」
アジト内に歓声が響く。
女も男も関係なく、構成員たちは酒を酌み交わし、杯を掲げる。
「アニキ!」コールと「レイス!」コールが競い合い、どちらが声を張れるかで盛り上がっていた。
そんな熱気の中、バルドラスは部屋の隅に目を向ける。
ぽつんと椅子に座り、どこか所在なげにしているのは――シュート。
「おい。シュート! 俺と一杯やろうぜ」
「あ、バルドラスの兄貴」
にこやかに立ち上がり、椅子を差し出すシュート。
バルドラスも隣に腰掛け、ジョッキを差し出した。
「さぁ、飲め!」
「いや、僕、お酒はちょっと……」
「いいから飲めッ!」
無理やり押しつけるバルドラス。
だが、シュートは見た目に反して、驚くほど力が強く、酒を簡単には受け取らない。
「ぐっ……意外とやるな、お前……!」
小さな取っ組み合いのような光景に、周囲の数人が笑い出す。
だが――その時だった。
「……お前たち、何をしている?」
背筋が凍るような低い声。
振り返ると、そこには白髪の紳士――バン・ヴァルターが立っていた。
「あ、いや、バンさん、これはちょっとした――」
「貴様に“バンさん”などと呼ばれる筋合いはないがな」
静かに、しかし威圧感たっぷりに言い放たれ、バルドラスは蒼白になる。
言い訳の通じる相手ではない。観念して、頭を垂れた。
「レイスのアニキは……今、不在でして……」
「ふむ。では――」
バンの視線が、シュートに向けられる。
「そこの黒髪の坊主。見たところ、ぬるい甘ったれた顔をしているな。よかろう。ワタシが根性を叩き直してやろう」
そう言い残し、シュートの襟を掴んで引っ張っていくバン。
バルドラスは、それを止めることもできず、ただ呆然と立ち尽くしていた。
宴の熱気はまだ続いていたが、バルドラスの背筋には冷や汗が垂れていた――。
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