第十九話 仮面のウラナイ
情報というのは、生き物だ。常に流れ、姿を変え、そしてその所在すら不定だ。
だからこそ、手に入れるには工夫がいる。足を使い、顔を変え、声を偽ることも時には必要だ。
今の僕はその一つ。
薬師“シュウ”でもなく、麻薬王“レイス”でもない。
――占い師“エンド”。
今日も、どこかの誰かの悩みを聞きながら、ついでに情報を引き出すため、占いの館の椅子に腰掛けていた。
仮面はレイスの時とは違い、黒と金を基調にした少し派手めな装飾。目元以外は完全に隠れるように布を巻き、体型も声も一切読み取れないように工夫を凝らしてある。
声を少しだけくぐもらせてから、喉を鳴らす。
「んっ、んっ、ゴホンっ。……さあ、あなたの視たい未来はどちらですか?」
観察眼と情報を元に導く占いは、意外にも評判が良い。いや、良すぎる。
占いのためなら、民衆は自らの秘密や個人的な悩みをぽろぽろとこぼしてくれる。些細な愚痴から、貴族の金の流れ、近所の不審者情報まで、占いという体裁を使えば手に入る情報は驚くほど多岐に渡る。
だから今日も、占い師“エンド”は、静かに椅子に座りながら、客を待っていた。
……と、外が騒がしい。
さっきからやけに街がざわついている。聞けば、どうやらどこかの王族が王都に来ているのだとか。まあ、一般人にとっては一大事だろうけど、僕にとってはただの“騒がしいノイズ”でしかない。
客足も少し遠のいたな、と思っていたところに、突然、控えめなノック音と共に、侍女の格好をした女性が訪れた。
「……本日は、特別なお方が、占いを望まれております。ご案内しても?」
上品な所作。微かに香る香水の匂い。そしてどこかで見たことのある侍女。
どこだったろうか。まあ、そんなことどうでもいいか。
僕は静かに頷いた。
「ええ、どうぞ……その方が、視たい未来を手に入れられるよう、尽力いたしましょう」
そして現れた“その方”の姿に、一瞬、表情が凍りかけた。
だが、仮面の奥に浮かんだ動揺はすぐに鎮める。
王女――エルリナ・フォン・リヴェルタ。
狭い王宮という鳥籠にいたはずの彼女が、どうしてここに?
仮に王宮を出たとしても占いなど信じそうにもないだろうに。
「……あなたの、視たい未来はどちらですか?」
自分の声がわずかに震えていないか、確認する。平静は保てている。
「未来、ね……」
エルリナは、小さく呟いて黙り込んだ。
その表情には、迷いと、わずかな疲れが滲んでいる。
(なるほど、悩みがあるわけか)
占い師“エンド”として、ここで占わない理由はない。
それに、王女の心にある迷いや本音――それこそが、最上の情報となる。
「迷われていますね。でしたら……少し、お話を。あなたの中にあるものを、整理してみましょう」
エルリナは小さく頷く。
カードをシャッフルし、水晶に手を翳す。
エンドは占い師らしく、静かな口調で尋ねた。
「では、カードを引きます。数字を一つ、お願いします」
「……3」
選ばれたカードを表にする。
――“皇帝”。
支配、権力、成功。そんなキーワードが並ぶ。
「王国の行く末を思い浮かべましたか?」
「……ええ。でも、何か違う気がするわ」
表情は曇ったまま。的外れか。仕方ない。次へ。
二枚目。“力”のカード。意志、不屈、理性。
「病と闘った自分を、表しているのかしら……」
彼女が呟いた。的確な読みだ。けれど、またも「違う」と首を振る。
三枚目。“恋人”。
恋愛、情熱、選択。
「……えっ」
王女の顔が一変した。
顔がみるみる赤くなり、戸惑い、目を逸らし、そして手で顔を覆う。
(ああ、これは……完全に“アタリ”)
「誰か、心に想う方が?」
「そ、そんなわけ……っ、ない、と思うけど……」
口では否定しているが、態度が物語っている。
仮面の奥で笑いを噛み殺しながら、終はさらに追い込む。
「……本当に、いらっしゃらないのですか?」
しばしの沈黙。そして――
「……はい」
か細い声だった。まるで傷つくのを恐れる、小動物のような。
なるほど、これは面白い展開になりそうだ。
「では、あなたの恋愛運について視てみましょう」
水晶球を淡く光らせながら、彼女の反応を観察する。
「あなたの想い人。それは……あなたの近くにいる方……」
「え!?……そうです!」
「その方とは、最近、あまり話ができていませんね」
「嘘。……なんでわかるの?」
まんまと引っかかった。……いや、純粋すぎるだけか。
占いとは詐術だ。事前に掴んだ情報を巧みに活かし、相手の心を導く。王宮内の動向をある程度把握していれば、答えは簡単に導き出せる。
(人は身近にいる人間を好きになる。そして王女は面会謝絶で寝たきりが続いていた。当たり前すぎる)
「……水晶は全てを見透します。その未来さえも」
「……その未来は見ても良いものなんですか?」
「もちろん。未来とは常に変化するもの。……あなたも、最近それを実感されたのでは?」
エルリナは、病からの回復という奇跡を体験している。それが、彼女自身の“運命”の変化だった。
「……あなたのその気持ちに、想い人はまだ気づいていません。それは先程までのあなたと同じ。ですが、お相手も少なからず、あなたのことを想っていますよ」
「え、ほんとに?」
「……思い返してみてください。あなたにだけ、態度が違う。そんなことはありませんか?」
「……確かに。私に少し意地悪なことを言ってくるわ」
その言葉で、終の頭の中で候補が絞られていく。
(王女に意地悪ができる人物?それなりに身分の高い者か、考えなしの馬鹿くらいか?となると選択肢は二つ。騎士団長のグラディウスか、侯爵家の馬鹿息子ジルベール。グラディウスは大味な性格の中年。剣の実力は相当なものだから王女が惚れるのもわかる気がする。そしてジルベールは馬鹿息子だが、顔が良い。女性に対しての態度が悪く、性格的には合わないと思うが、意外とこういうのに惹かれることもあるんだろうな)
「……その意地悪は、実はあなたのことを気にしているからです。……最初に出会った時のことを思い返してみて下さい。どうですか?お相手は実は少し緊張されていたのでは?」
「……うーん。緊張していたのかな?……いつも飄々としていて、それでいて自信満々の顔をしているけど。あ、でもお母様と会った時だけは、真面目な顔をしていたわ」
終の頭の中で解析が終了する。
王女の恋の相手は、騎士団長に違いない。
馬鹿息子は王妃に対しても無礼で有名だ。
答えが出たのなら後は簡単。その人物が好きなこと、興味のあることを教えてやればいい。
終は水晶を再び怪しく光らせる。
「……視えました。あなたとお相手の未来。……向かい合って……これは、剣を交えていますね」
「えっ? 剣?」
「お互いに笑いあっています。……これは剣の稽古でしょうか?」
「えっ? 稽古ですか? 私と?」
王女の言葉に、ほんの少し否定の気配を感じた。
「ええ。……あなたの体調はまだ万全には見えませんが。……どうやら手加減をしているみたいですね」
「そうよね。手加減するくらいがちょうど良いもの」
「その通りです。……お相手はあなたのことを気遣って、剣の稽古の相手をなさっているようです」
「なるほど。そういうことだったのね。……それが、そ、その、恋の進展に関係があるの?」
王女は再び顔を赤らめながら、終に質問をした。
終は仮面の中で笑いながら、返答する。
「もちろんです。そこで相手の強さを知り、あなたは再び意識するのです。そしてお相手も同じように感じます。病の身なのに、こんなに強いのかと」
「強さを知る?」
「ええ。強さにはいろんなものがあります。我慢強さもその一つです。そしてお互いに知らなかったことを理解することで、恋が進展するのです」
「……わかったわ。やってみる!」
その瞬間、迷いを払った少女の顔は、恋に生きる戦乙女のそれだった。
病に伏していたとは思えない瞳の輝きに、終は心の中で小さく呟く。
(……おもしろくなりそうだ)
二人の想いはすれ違う。けれど、それこそが――
運命なのかもしれない。
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