第十七話 星の瞬きと共に
「不思議そうな顔をしているね」
静かな拠点の一室。仄暗いランプの灯りが、石造りの壁に影を落としていた。リカオンとの会談を終えた後、終はユナに向かってそう声をかけた。
「……すみません」
ユナは小さく返事をする。感情の見えにくい灰色の瞳が、僅かに揺れていた。
「僕がバルドラスではなく君を同席させた理由。……それはね。あいつだと僕の正体をバラしちゃうからさ」
終はソファに腰を下ろし、肩の力を抜くように息を吐く。壁にもたれていたユナは、わずかに首をかしげた。
「だって、あいつ。会談が終わった後、小声で、『あっ。仮面してる』って言ってたんだよ」
そう言って笑う終に、ユナは言葉を返さなかった。ただ、表情に少し困惑の色が浮かぶ。
「……違ったか」
「……すみません」
またしても謝るユナに、終はわざとらしく肩をすくめて両手を広げてみせた。
「ま、冗談はさておき。……バンさんが。……リカオンが。……僕たちと協力関係を結んだ理由。……知りたい?」
その問いに、ユナは静かに視線を上げる。無言だが、その目には確かな意志があった。
「ごめんね。意地悪して。……バンさんはきっと、この世界を壊したいのさ」
ぽつり、と終は言った。
「……壊す?」
小さな声でユナが繰り返す。
「そう。あの“男”っていうのが誰かはわからない。バンさんかもしれないし、あのお付きの人かもしれないし、もっと違う人かもしれない。……でもバンさんが本当に言いたかったのは、この世界が“悲しみ”と“怒り”に満ちているってこと」
終はそう言ってユナの顔を見る。
(……おそらく君にもあるはずさ。その想いが)
そんなユナは静かに終の話を聞いていた。
「バンさんはね、ああ見えてとても優しいのさ。僕が“とっておき”を出さなくても、きっと悪いようにはしなかったんじゃないかな」
「……優しい?」
「ふふ。優しいからこそ、ああいう態度を取るのさ。……とすると、僕は優しくはないね」
終は冗談めかして笑ったが、その笑みにはどこか寂しげな色があった。ユナは少し顔を曇らせたあと、ぽつりと小さく呟いた。
「……優しいです」
だが、その声は終には聞こえていないようだった。
「まあ、あの話は難しかったし、バンさんがめんどくさい話し方をするのがいけないよね」
ユナはコクコクと頷く。彼女にとっては、あの長い話よりも終の言葉のほうがずっとわかりやすかった。
「ま、つまりだ。バンさん──そしてリカオンには明確な敵がいるってこと。そしてそれは国単位の可能性が高い。だからこそ、マフィアとして活動して、人を集めてたってわけだ。……君もそれくらいはわかってたよね。一緒に調査してたしさ」
その言葉に、ユナはビクリと反応し、少し目を伏せた。そしてゆっくりと頷く。
「そして、僕の“とっておき”。あれが手に入れば鬼に金棒ってわけだね」
「……鬼に金棒?」
ユナの頭上に、目に見えるような「?」が浮かぶ。終は吹き出しそうになりながら笑った。
「ふふ。君にもわかるように言うなら……ドラゴンに……いや、魔王に勇者の剣……って、ところかな」
「……シュウ様に勇者のツルギ?」
「いやいや、僕は魔王じゃないよ。勇者でもない。……そんなこと口が裂けても言わないでね。物騒だからさ」
肩をすくめて笑う終。その姿に、ユナはふっと表情を緩める。いつもと同じ終がそこにいる。それだけで、なぜか少し心が軽くなった。
「……レアリアの研究塔まで送ろうか?」
終がそう問いかけると、ユナは首を横に振った。
「……一人で大丈夫です」
そうして、ユナは一人、拠点を出た。
その夜──。
月のない夜空には、星々が瞬いていた。
静かで冷たい風が、彼女の銀の髪を揺らす。
胸の奥に、言葉にできない思いがあった。
悲しみ。怒り。迷い。そして……小さな、温かな灯。
「……優しい、です」
誰にも届かない声が、夜空に吸い込まれていった。
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