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第十六話 傷と、炎と、裏切りの記憶


 その話は、静かな声で始まった。


「……一人の男の話をしよう。特別な男じゃない。ただ、少しだけ頑固で、少しだけ真面目で……ごく普通の軍人だった」


 バンの目はどこか遠くを見つめていた。その瞳の奥にあるのは、過去の亡霊か、それとも胸に巣食う贖罪の影か。


「そいつはね、目立つ成績を残したわけでもない。けれど、命令には忠実で、部下を守り、真っ直ぐに任務をこなす。そんな男だった。だが……ある演習の最中、事故に巻き込まれた。骨にヒビが入った程度だったが、それでもしばらくは療養が必要だった」


 終は黙って聞いていた。バンの声には、どこか不自然なほどの平静があった。


「当然、そんな兵士は辺境へ送られる。表向きは静養だが、実質は左遷に近い。……そうして男は、家族と離れることになった。妻と、生まれたばかりの子供。まだ、歩くこともできない幼子を残して」


 灰色の煙がふわりと上がる。香ばしいタバコの香りが室内に漂い、記憶の深淵に蓋をするかのように満ちていく。


「それでも……男は幸せだった。休暇で都に戻れば、家族が笑ってくれた。小さな家。笑い声。何でもない日常。……その何でもない日々こそが、男にとっての全てだったんだ」


 終は目を細める。それは、どこか懐かしいものを想うような目だった。


「……だが、幸福には限りがある。ある日、男のもとに飛び込んできたのは“戦争”という二文字だった。都が、襲われたと」


 バンの声がわずかに掠れた。


「男は走った。辺境の拠点を飛び出し、都へ向かった。道中で得られる限りの情報を集めた。だが……戦況は悪化する一方で、逃げてきた者たちは口を揃えて言った。“もう戻れない”、“焼け野原だ”……と」


 そのとき、終の瞳がわずかに動いた。想像する。焼け落ちた都、届かなかった祈り、そして誰かを呼びながら走る男の姿を。


「──家族は、もういなかった。男が辿り着いた場所は、灰と瓦礫だけだった。……魔法によるものなのか、何なのか。ただ異様な力が振るわれた。そんな痕跡が残されていた」


 しばしの沈黙。バンは懐から再びタバコを取り出し、火を点ける。肺に吸い込み、ゆっくりと吐き出す。その動作の一つひとつが、何かを振り払うようだった。


「……そして、男は壊れた。生きる意味を失った。戦う理由も、守る理由もなくした。……ただ、死ねなかった。だから、罪を重ねた。殺し、奪い、騙し、薬を流し。……それでも、捕まることも殺されることもなく……生き続けてしまったんだ」


 終は言葉を挟まない。ただ、聞く。その声が、たとえ誰かの告白であったとしても。


「そんな男の人生を、もう一度壊したのは“再会”だった。……軍の上層部、かつての同僚、王族の関係者……やつらは生き延びていた。社交の場で、笑い合っていた」


 火種が落ちる音が聞こえた気がした。


「……男は、聞いてしまった。都が焼かれたあの日の“真実”を」


 バンの目が細められた。タバコの煙の奥、その眼光には、今も消えぬ業火が灯っていた。


「──それは“売られた”んだ。国が、民が、家族が。利権のために。……見返りにとある国との取引が成立したと。都の破壊は、とある“実験”だった……と」


 終は、ゆっくりと目を閉じた。想像し、理解するには、あまりにも重い事実だった。


「……さて。ここまでの長い……長い話を聞いて……シュウ。お前はどう思う? ワタシが言いたいことは、まだわからないか?」


 試すようなバンの強い目。

 それは案に「交渉の行方はお前次第だ」とでも言うような視線だった。


「僕はね。……嘘は嫌いなんだ。……だからバンさんが何を言っているのか、全くわからないね」


 終は淡々と答える。それは、嘘偽りのない本心だった。


「……そうだろうな。わかるように話してはいないからな」


 バンはふっと笑った。それは皮肉にも見えたし、どこか安堵にも似ていた。


「ただ、今の話で感じたことはある。男の深い悲しみ。そして怒り。……僕は怒ることがあまりないんだけど、男は復讐の機会を待っているんじゃないかな。虎視眈々とね」


「……そうか。やはり、そう思うか」


 バンは頷く。表情には、どこか和らいだ色があった。


「さて……年寄りの昔語りはこの辺にしておこう。退屈だっただろう?」


「僕はバンさんのお話、好きですよ」


「くっくっく……まったく、お前という奴は」


 そして、バンは立ち上がり、軽く咳払いを一つ。


「それでは、話を戻そう。我々リカオンとしては、君の望む条件すべてを飲むわけではないが……協力関係を結びたい。どうだ? 受けるか?」


 終は口元に笑みを浮かべながら、肩をすくめた。


「んー……条件次第かな?」


 その軽さにバンは笑う。だが、それは初対面の時のような威圧ではない。どこか信頼を含んだ笑みだった。


 こうして、終――レイスと、リカオンのボス・バン・ヴァルター。二人の裏社会の協議は、穏やかに一つの“幕間”を終えたのだった。




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