第十五話 火花
重く、張り詰めた空気が、狭い部屋を支配していた。
終の提案を、バンは一刀両断に切って捨てた。
交渉の場にしては、あまりにも静かで、あまりにも静謐すぎた空間。誰もが息を潜める中、その沈黙を最初に切り裂いたのは、やはり彼だった。
「理由を聞きたいか?」
バンの低く鋭い声。終は、軽く目を細める。
「ぜひ」
「“秘密”。……と言って君のことを困らせてやるのも面白い、が、それでは話が進まない」
バンは意地の悪そうな笑みを浮かべながら、細い指を組んで机に肘をついた。
「至極簡単なことだ。君の提案に存在するメリットとデメリットを秤にかけた。ただ、それだけのこと」
「……つまり、僕の提案はデメリットが多いとバンさんは言うんだね?」
「然り」
互いに笑みを浮かべながらも、眼差しには火花が散る。交渉の第二回戦が、ゆっくりと口火を切る。
仕掛けたのは終の方だった。
「さすが、バンさん。……僕が仮に誰かから似たような提案を受けていたとしても、僕も首を縦には振らないだろうなあ」
「くっくっく。その度胸は認めてやろう。……シュウ、お前は言ったな。お前の組織、そして薬物の“売買”の権利を渡すと」
「その通りです」
「……この提案には、薬物の精製や原料の入手が含まれていない」
「……バレちゃいましたか」
おどけた調子で肩をすくめる終に、バンは冷ややかに続ける。
「それだけではない。……この条件においても金という点だけを見れば、確かに利益は出るだろう」
「そうですね。僕も鬼じゃない。売り値よりも高くふっかける気はありませんでしたよ」
バンは、組んだ指を外し、机の上を軽く叩く。その音が、冷え切った部屋の空気に溶けていく。
「だがな、お前の提案の最大の代償……それは、“リカオン”という傘をお前たちにくれてやらねばならないということだ」
その言葉に、終の目が細くなる。
「……“レイス”の名で流れていた薬。それをマフィア“リカオン”が扱っているということが公然となれば、騎士団も王国軍も黙ってはおらん。裏の連中との均衡も、崩れる可能性がある」
謎の薬が誰の手によるものか――それがリカオンと世間に認識された瞬間、全ての矛先がバンに向かう。
裏社会での信頼、関係、利害。それら全てが、名を一つ貸すだけで一気に揺らぐ。バンの言葉は、リスクの本質を突いていた。
バンは目を瞑り、そして静かに告げる。
「あまり我々を舐めないでもらおうか」
その一言は、まるで刃のように鋭く、張り詰めた空気に鋭く響いた。
終も笑みを絶やさなかったが、もうふざけた調子はない。
しばしの沈黙が流れる。誰もが息を飲み、バンの言葉の重さを噛みしめていた。
「……されどマフィア。……されど犯罪者。……俺達はな、陽の下を歩くことができない日陰者。そんな俺達は舐められちゃならねえのさ」
その呟きは、どこか哀しげで、まるで自嘲のようにも聞こえた。
終はその表情を観察し、ゆっくりと懐に手を差し入れる。
「……バンさん。実は見せたいものがあるんです」
取り出したのは、漆黒の四角い箱。重々しい気配を纏いながら、終は静かに蓋を開いた。
中には、赤黒く輝く一粒の薬――宝石のように美しく、それでいて禍々しさを湛えた何か。
「これは……?」
「超魔薬。……一時的に人の限界を超え、魔人の如き力を引き出す。……危険な薬だけど、使い方次第で、この世界を変えられると僕は考えている」
終の声には、自信と狂気の狭間にあるような熱があった。
バンは沈黙し、その粒をじっと見つめる。
「……なるほど。ワタシは君の評価を改めねばならないようだ。……君は、末恐ろしい存在だ。敵にしておくには、惜しいほどに」
だがその言葉とは裏腹に、バンの目には鋭い警戒が宿る。見誤れば飲み込まれる――そんな感覚を、彼もまた本能で感じていた。
「それはお互い様ですよ」
終は穏やかに笑う。
その後、バンの視線がわずかに遠くへ向けられた。
「……ふうむ。少し昔話に付き合ってくれるか?」
急に静かな声で語りかけてきたバン。その表情は、まるで過去を懐かしむようでもあり、これから始まる何かを前にした静けさでもあった。
そして交渉の火種は、再びゆっくりと燃え上がり始める。
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