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第十四話 獣の牙


 とある洋館。

 それは派手過ぎず、だが一目で高級とわかる、格式高い内装の邸宅だった。

 王都セイランの北西部、外界から隔絶されたような静けさを纏うその屋敷は、裏社会における一大勢力マフィア・リカオンが所有するアジトの一つだった。


 終──レイスは、ユナ、バルドラス、そして数名の部下を引き連れてこの館を訪れていた。

 表向きは薬の売人とマフィアとの取引。

 だが、実際の目的はただ一つ。

 この国の裏社会の頂点に君臨する男、バン・ヴァルターとの密談だった。



 バン・ヴァルター──

 白髪にサングラスを掛けたナイスミドルの男。

 四十代と思しき年齢と、洗練されたスーツが彼の風格をより際立たせる。

 まるで「本物の獣は牙を隠す」と言わんばかりの静かな迫力。

 それは彼が今なお“頂点に立つ”理由を雄弁に物語っていた。


「わざわざご足労いただき感謝する。ワタシがリカオンのボス、バン・ヴァルターだ」


 重厚なドアの奥。上座に座るバンが、穏やかに言葉を放った。

 案内に従い、レイスら一行は応接の間へと通される。


「さて……ワタシはね。面と向かって話ができる人間しか相手にするつもりはないんだ。──その仮面、取ってもらえるか?」


 レイスに対する最初の要求が、仮面の“解除”だった。


「すまないが、こちらにも事情がある。俺の素顔は、それなりの価値がある情報だ。……明かすには、それなりの対価が必要だ」


 静かな拒否。

 室内に一瞬、冷気のような沈黙が漂った。


「……ほう。そこまで言うからには、君は大層な“大物”なのだろう」


 バンは口元を笑みに歪める。

 やがて片手を上げると、控えていた部下たちに命じた。


「お前たち、下がれ。……アルフォンス。お前だけは残れ」


 その瞬間、まるで訓練された軍人のように、一糸乱れぬ動きで部下たちが退出する。

 バンの背後に残ったのは、バンよりも年上に見える柔和な表情の紳士──アルフォンス。


 レイスも応じるように、後ろを振り向くことなく命じた。


「……バルドラス。部下を連れて部屋を出ろ。ユナ、お前は残れ」


「アニキ……だけど……」


 バルドラスはレイスを見つめ、何かを言いたげだったが──


「……バルドラス。命令だ」


「くっ……お気をつけて」


 不満そうな表情を見せながらも、バルドラスは部屋を出て行った。


 残されたのは、バン、レイス、そしてそれぞれの従者が一人。

 仮面越しの視線と、サングラス越しの眼差しがぶつかり合う。


「……さて。では話をしようか」


 バンが言った。

 その声は、あくまで穏やかに、だが明確な圧を帯びていた。

 仮面を外せ──言葉にせずとも、その意図は明白だった。


 レイスは、ゆっくりと手を仮面に添える。

 そして、そのままそれを取り外す。


 白い肌。黒髪。そして──優しげな青年の顔立ち。


「ほう。これは驚いた。……あのレイスの正体が、こんな優男だったとは」


 バンは興味深げに唇を吊り上げた。


「はあ、まさかこんなに早く仮面を取る日が来るなんてね」


 レイス──いや、終は、ふっと息を吐くように笑った。

 仮面を脱いだ彼の表情は、どこか飄々としている。


「なるほど。どこの誰だとか、特定するような無粋なことは言わないが……君ほど“薬”が似合う男はいないだろう」


 バンはそう言った。

 彼は、すでにレイスの正体──薬師シュウについて、相当の情報を得ていた。

 それは、リカオンという組織の情報収集能力を暗に誇示する言葉でもあった。


「ふふ。じゃあ、僕は親しみを込めてあなたのことをバンさんって呼ぶね。僕のことはシュウで構わないよ」


「ほう、そうか。いいだろう。──ならば、シュウ。お前が今日ここに来た目的はなんだ? 周りくどい話は必要ない。手短に話せ」


 一瞬、終は黙した。

 まるで心の奥底を見せることを躊躇うように。

 だが、やがて口を開いた。


「さすがマフィア・リカオンのボス。僕じゃ全然相手にならない。……要件は、僕の組織をリカオンの傘下に入れてほしい。もちろん、薬物の売買の権利付きでね」


 バンの顔に、明確な興味の色が浮かんだ。


「ほう……それはまた、興味深い提案だな」


「バンさんも知っているはずだよ。今この王国は、僕が蒔いた薬物に虜になっている。その毒は、貴族にまで届くほどにね」


「確かに」


「それは、莫大な金を生む。……でも僕が欲しいのは金じゃないのさ」


「金がいらないと? なら、君の野望はなんだ?」


 バンが尋ねる。


「ふふ。それは──秘密さ」


「……そうか。秘密か。はっはっはっ! 面白い男だ!」


 バンの高らかな笑い声が、部屋に響いた。

 だがその笑いは唐突に止まり、彼の表情が一変する。


「──その話、丁重に断らせていただこう」


 終は、その言葉に対し、微笑を浮かべるだけだった。

 交渉の初戦。

 仮面を脱いだ誠意も、策略も、今はまだ届かない。


 だが、それで終わりではない。

 彼の中にはすでに、次の手が描かれていた。




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