第十二話 願いごと
王宮ってのは、奇妙な場所だ。
立派な石造りの廊下。高価な絨毯。整った庭。
でも、そのどれもが妙に――「整いすぎている」。
この日の僕は王女の病の原因を探るため、王宮を探検していた。
――
「失礼。ちょっとだけお話を」
気のよさそうな中年の執事に、軽く声をかけてみた。
内容は他愛もない――はずだった。
「最近、王都の歴史書を読み返してまして。王都の前身って、どんな名前だったか覚えてます?」
「……ふむ。えぇと……うむ? いや……なんだったか……」
あれ? 答えられない?
この手の年配者なら、昔話の一つも始まりそうなものだけど。
侍女にも同じ質問をしてみた。
だが若い侍女は、
「えっ? そういうの、ちょっと苦手で……」
と、興味を持とうともしない。
(……変だな)
“覚えていない”じゃなく、“思い出せない”って感じ。
しかも、全員一様にだ。
まるで“思い出してはいけない”ように、誰かが記憶のカギを封じてるような――
そんな嫌な直感が、背中を撫でていった。
まあ、それはそれとして。王女のところに行こう。
こういう話をするなら、あの人が一番手っ取り早い。
◇ ◇ ◇
「やっほー、王女様。今日の体調は?」
「ぼちぼちってとこかしら。 ねえ、何か面白いことない?」
開口一番、退屈してますアピール。
寝たきりが続けば、そりゃあそうもなるか。
「そうですね。 最近、街では“チンチロ”が流行ってますよ。ダイスで勝負する賭けごとです」
「へえ、いいじゃない。やりましょう、今すぐに!」
おお、ノリがいい。
さっそくサイコロを用意して、机を挟んで向かい合う。
豪華なベッド脇にあるサイドテーブルが、まさかのギャンブル台になるとは。
「では、簡単にルールを。サイコロを三つ振って、出た目で役を作ります。“ゾロ目”や“役の目”があれば勝ち。三回まで振り直せますよ」
「で、賭けるものは?」
「僕が勝ったら、王女様の下着を頂きます」
「……は?」
……沈黙。そして、真っ赤な顔。
「な、ななな、何を言ってるのよ!? そんなわけ――っ」
「賭けですから。……って何、顔真っ赤にしているんですか?冗談ですよ」
揶揄われたことに気づいた王女。
しかし、強情な王女の意思は終の予想の上をいく。
「……っく。いいわよ! 勝てばいいんでしょ! 私のパンツでも何でも持って行きなさいよ!」
(……え? 本気?)
「では、どうぞ。まずは一投目」
「えいっ!」
――目なし。
「もう一度どうぞ」
「っ……えいっ!」
――再び目なし。
「うーん。王女様、賭け事には向いてないようで。 このままだとパンツ、僕のものになりますよ」
「うっ、うるさい! まだ一回あるわ!!」
「では、ちょっとコツを教えましょう。振る時は――こうです」
終は、王女の手に触れる。ダイスの重み、手首の返し方を教えるように見せかけて、そっと指先でダイスに触れる。
「……よし、集中して。えいっ!」
ダイスが転がる――。
「1」「1」「1」
……ピンゾロ。チンチロの最強役。
「こ、これって?」
「はい。僕の負けです。 王女様のパンツは守られました」
「そ、そう……勝ったのね、私……!」
安心しつつ、赤面する王女。
そんな王女を見つつ、そそくさと帰り支度をする終。
そんな終の背中は「気づかれませんように」という意思が込められているように見える。
しかし、勘の良い王女。そう上手くはいかない。
「じゃ、僕はこれで――」
「シュウくーん。どこに行くのかしら?賭けに勝ったのは私よー」
「……ちょっと急用がありまして」
「逃がさないわよ。散々私をおちょくってくれたんだもの」
笑顔が怖いと言う言葉がある。
だが、幾度も死線を潜り抜けた終にとって、それは恐怖の対象となり得ない。
「はあ。それでわたくしめは、何をしたらよろしいでしょうか?」
終のミス。それは自分が負けた時のことを決めていなかったこと。
「そうね。私のペットに。 とでも思ったけど、のらりくらりと言葉巧みに逃げられそうだから……」
目を瞑り考える王女。
「決めたわ。私が言う“お願い”を、いつかひとつ叶えなさい」
「……僕はランプの魔人じゃないんですけどね」
「何か言ったかしら?」
「いえ。何の問題もありませんよ。王女殿下」
「ふふ。それで良いわ」
その願いが何になるか――
――それは、私が自由になったときに決めるから――
王女は笑っていた。穏やかに、でもどこか、決意を秘めて。
「あっ。変な賭けのせいで聞きそびれちゃった。……まあ、いっか」
王宮の違和感。消えた歴史。そして、この王女の秘密。
それらが、静かに、ゆっくりと、繋がり始めていた。
――僕が仕掛けたダイスは、“運命”そのものに、ほんの少し手を加える。
そんなことを考えながら、僕は静かに扉を閉めた。
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