第十一話 束の間の静寂
王都セイラン、南区の外れ。
雑多な路地を抜けた先に、ぽつんと立つ石造りの二階建ての建物がある。
一階にはカビ臭い木箱と壊れかけた家具が押し込まれ、二階には誰も招かない静かな部屋がいくつかある。
そこは、終が王国にやってきてから稼いだ金で買い取った“拠点”だった。
床に広げられた地図。
棚には薬品と毒物。
壁には王国の貴族や犯罪組織の名前が並ぶ簡素な図。
そして、窓辺に寄りかかる黒髪の男――“終”。
この空間は、薬師シュウでも麻薬王レイスでもない、“霧間終”としての唯一の場所。
――
「……静かな夜だ」
呟いて、細く笑う。
静けさは好きだ。
だが、その中に潜む“不穏”はもっと好きだ。
それが今、確かにこの国に満ちている気がする。
その正体は自分ではない。この国に来る前からそれは確かに存在していた。
自身の記憶を整理すべく、静かに目を瞑る。
――
頭に浮かべるは薬師シュウとしての側面。
王宮での立ち回りは順調そのもの。薬師としての信用も得た。
侍女たちは“親しみやすい変人”として扱ってくるし、衛兵たちは時折、薬の相談に来る。
やろうと思えば、誰にでも薬を飲ませる機会を作れるほどに、信頼されている。
王女・エルリナも、最初は警戒していたが――今では口喧嘩をする程度には打ち解けている。
けれど――。
「……回復が遅すぎる」
あの王女の体調は、とうに回復しているはずだった。
終が調合した薬は、特注品。治癒力も飛躍的に引き上げる代物。
医療知識がない人が見たとしても、目に見えて治っていくはずだった。
だが、彼女の容態は足踏みを続けている。まるで“回復しすぎないように”調整されているかのように。
「……誰かが細工をしている?それとも、王国自体が?」
毒か、呪いか、あるいは――国の中枢が何かを隠している可能性。
ふと、手元の資料を見やりながら、終は指を組んで考える。
「まったく。王国の秘密ってやつは、どうしてこう、興味を引くのかな」
――
レイスとしての活動も、停滞しているわけではない。
表と裏、両方を並行して動かしていくことの難しさにも慣れてきた。
ヴィレリアの流通は順調だ。
裏社会の情報も、情報屋経由で入ってくる。
犯罪組織もいくつか顔を出し始めている。
だが、その多くは単なる成り上がりか、過去の名残にすがる古株たちだ。
「そろそろ、整理するか」
王都の裏は乱れすぎている。
“本当に使える手”と“ただの雑音”を仕分けしなければならない。
従う者、動かす者、監視する者。
機能する“組織”を作るには、ある程度の力と支配が要る。
「ま、これについては……あの子に任せつつ、僕はのんびりやろうかな。駒も足りてないしね」
そう呟いて、終は窓の外に視線をやる。
――
ユナ。
銀髪の少女。
言葉は少ないが、忠実。
観察力も記憶力も優れている。
無口で、鋭くて、冷たい目をした拾い物。
あの子を拾うつもりなんて、元々なかった。
死を受け入れていたあの視線に、自分の過去を重ねた。ただそれだけ。
「僕はね。秘密を共有するような人間を作るつもりはなかったんだよ」
それは、殺し屋だった過去の経験則。
裏切りは、必ず起こる。
特に“信頼”という幻想を結んだ時に限って。
「でも、まあ――あの子は僕を崇拝しているらしい」
本気でそう思っているのか。洗脳されているのか。
それとも、生きるための演技なのか。
「どれでもいいさ。裏切ったら、そのときはそのとき」
薄く笑いながら、終は立ち上がる。
「少しくらいハラハラしてないと、生きてる気がしないからね」
そう言って彼は孤独の道を突き進む。
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