表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

11/83

第十話 沈黙の影


 小雨が降る夜、スラム街の軒下で、ユナはずっと膝を抱えていた。


 濡れた地面の冷たさも、腹の虫の鳴き声も、もう慣れていた。家族はとうの昔にいなかった。物心ついた時から、盗みと隠れることだけが、生きる術だった。


 誰かに頼ることを覚えたことは、一度もない。


 痛いのも、怖いのも、空腹も、全部慣れた。

 そんな日々が続くと思っていた。

 運命の日は突然やってくる。




◇ ◇ ◇


 ゴロツキに殴られ、蹴られ、血を吐いても、声は出なかった。

 反抗しても意味がない。逃げ切れなかったのは自分の失敗。

 だから、もう、終わりでいい――そう思った瞬間。


 ふと、目の前にいた黒づくめの男と目が合った。


 男は、何の感情も浮かべずに自分を見つめた。

 だが、その目には「面白い」とでも言いたげな色があった。


「やあ、お嬢さん。死んでも碌なことはないよ」


 それが彼の第一声だった。


 気づけば、自分はその男に抱えられていた。

 そして、灰色の塔の中で、青い髪の変人が傷を縫っていた。




◇ ◇ ◇


 少しして、自分はあの男――終の補佐をしていた。


 最初はただの回復期間のつもりだった。

 だが、彼には不思議な魅力があった。


「薬の知識はある?そっか。じゃあやってみる?」

「盗みが得意なら尾行もできるよね」

「人の顔色を見るのが得意なんだ。僕より鋭いかも」


 いつの間にか、彼の表の顔“薬師シュウ”としての仕事を支え、裏の顔“レイス”としての仕事にも同行するようになっていた。


 王宮に行き、王女様相手に堂々と意見するシュウの隣に立つ。

 ゴロツキなんて目じゃないくらい恐ろしい犯罪者と、対等以上に取引きを行うシュウの後ろについていく。

 商人になりすまして薬を配達する。

 情報を仕入れた情報屋の後を、誰にも気づかれず追跡する。

 そして、時には毒を調合し、密かに渡す。


 終は決して何も強制しなかった。

 ただ、必要な能力を見て、静かに手を差し伸べてくれるだけだった。


――


「ユナ。君は、誰にもなれない。だから、何にでもなれるよ」


 あの言葉が、ずっと胸に残っている。


 誰にもなれない。

 家族でも、娘でも、子供でも、普通の人間でもない。


 でも――終の“影”なら、なれる気がした。


――


 夜、静かな研究室の窓辺に腰掛けて、ユナは空を見上げる。


 終は不思議な人間だった。優しさも残酷さも、その目に同時に宿している。

 自分を拾った理由を聞いた時も、こう言っただけだった。


「君の目が面白かったんだ。まるで、僕を見てるみたいでさ」


 おかしな人だと思った。


 でもそれ以上に――

 ユナは、あの人の隣にいる自分が、初めて“何か”になれた気がしていた。


――


 彼の望みが“この国の裏を支配すること”だとしたら、自分はその影となって、静かにそれを実現するために動くだけだ。


 他に、望むものなんてない。


――


「シュウ。あなたは、わたしの“――”です」


 声には出さず、心の中でそう呟いた。

 この胸に灯った熱だけは、誰にも、終にも、知られなくていい。


 彼が振り返らないように。

 でも、その背を見失わないように――。




▼お読みいただきありがとうございます!

ブックマークや評価をいただけると、とても励みになります!

感想や活動報告へのコメントも大歓迎です。


新連載につき、一挙20話(プロローグ含む)連続更新中。

毎日21時更新予定です。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ