プロローグ 死してなお、静かに始まる
この物語はフィクションです。実在の人物や団体とは関係ありません。
温かい目で見ていただけると幸いです。
Void Throne 〜元殺し屋、知らぬ間にラスボスの椅子に座っていた〜
引き金の音は、ひどく静かだった。
撃たれた衝撃と、胸に広がる熱。目の前の男――かつて「仲間」と呼んだ男の顔は、どこか安堵すら浮かべていた。
霧間終は、自分が殺されたことを理解するのに、さほど時間はかからなかった。
……裏切りか。
まあ、ありふれた結末だな。
心の中でそう呟いた直後、意識が暗転する。
次に目を覚ましたとき、そこは見たこともない空間だった。
色も匂いも、重力すらも感じない、真っ白な無。
終は少しだけ眉をひそめた。感情というより、確認のような反応だった。
「よく来たな、人の子よ」
現れたのは、人とも獣ともつかぬ、黒い影。声は重く、どこか芝居がかっている。
「霧間終――お前に魔王としての素質を見出した。この世界を支配せよ。我が代行として」
静寂が落ちる。
終はしばらく黙っていたが、やがて息を吐くように言葉を返した。
「やれと言われて引き受けるような性格してないんだよね、僕はさ。……だから生憎だけどお断りするよ」
「……命令ではない。願いだ。……世界は乱れている。強き者が秩序をもたらさねば、やがて崩壊する。頼む、この世界を導いてほしい」
「なら最初から、そう言えばいい。……だけど、やっぱり断るよ。そういう役割に興味はない」
黒い影が少しだけたじろぐ気配を見せる。
「……理由を聞いても?」
「僕は、誰かに決められた役割を演じるつもりはない。それだけさ」
静かな語調。だが、その芯には揺るぎがなかった。
それでも、黒い影は諦めなかった。
数度の説得の末、終はようやくわずかに態度を変える。
「……そこまで言うなら、一つだけ条件をつけようか」
「条件、か?」
「ああ。僕がこの世界を支配した暁には――そうだな。君の命をもらおうかな」
再び、沈黙が落ちる。
「……なるほど。取引か。……いいだろう。世界を掌握したとき、我が命はお前のものだ」
「了解」
「では、魔王の力を――」
「待ってくれ。それは要らない」
「何……?」
「その手の“特別な力”をもらってしまえば、面白くない。僕は、僕のやり方でやる。誰のものでもない僕の力で世界を歩く」
「だが、それでは……」
「受け入れられないなら、この話はここまでだ。“取引”は、対等であるべきだろう?」
長い沈黙のあと、黒い影は静かにため息をついた。
「……わかった。ならばせめて、失敗を避けるための最低限の加護を与えよう」
「どんな?」
「お前を、不死とする。死すら超える者として、歩め」
「は? ちょっ、まっ――」
光が収束し、終の身体を包んだ。
それは温かくも冷たくもなく、ただ“変化”だけを伝えるものだった。
そして、黒い影は消えた。
終は目の前に開かれた光の門を見つめる。
その先にあるのは、異世界。
そして、魔王という名の役割。だが、それはあくまで名目にすぎない。
彼が歩むのは、与えられた道ではない。
自ら選び、切り開く道だ。
「……さて。もう一度、生きてみるか」
霧間終は、静かに一歩を踏み出した。
――これは、元殺し屋が、気付けばラスボスになっていた物語。
▼お読みいただきありがとうございます!
ブックマークや評価をいただけると、とても励みになります!
感想や活動報告へのコメントも大歓迎です。
プロローグを含めた20話分(第十九話まで)一気に公開します。
明日からは、1話ずつ(第二十話から)毎日更新でいきます。