赤き誇り
メレディス・アストンは、生粋のリバプールっ子だ。アンフィールドのスタンドで赤いユニフォームを身にまとい父と歌った「You’ll Never Walk Alone」の記憶は、彼の血肉となっている。
そんな彼が、少年時代から憧れ、常に背中を追い続けてきた存在──
ミッドフィルダー、エディ・マルサス。
冷静なパス、汗を惜しまぬ守備、そしてピッチ内外での人間性。リバプールの「良心」とも称される男。メレディスがトップチームに昇格した日、最も声をかけてくれたのも彼だった。
そのエディが、チームを去るという噂が立った。
「アストン、ちょっと時間あるか?」
ある日の練習後。エディがメレディスを呼び止めた。
空はどんよりと曇り、アンフィールドの芝生も、雨を予感してかしっとりと沈黙していた。
「……中東だって、本当なんですか?」
メレディスの問いに、エディは短く頷いた。
「アル・サイードから正式にオファーが来た。5年契約、給料は今の5倍だ」
「けど……リバプールじゃないですか。あなたはずっと、ここで……」
「わかってる。俺も、夢だったよ。引退までリバプールの赤を着て、スカウサーに囲まれて終わることが。でもな──現実は、それだけじゃやってけない」
エディは、指先でスマホのロック画面を見せた。そこには、妻と三人の子供の笑顔が写っていた。
「上の子は来年、中学だ。教育費もかかる。将来のことを考えれば、今が潮時なんだよ」
メレディスは言葉を失った。
サッカーしか見えていなかった自分。ピッチに立てることに夢中で、それ以外の「人生」を考えたことがなかった。
「俺だってな、もっとお前と一緒にプレーしたかったよ。お前の走り出すタイミング、俺にはもう分かってた。次のシーズンはもっとやれると思ってた。でも……」
エディは少し笑った。
「お前もいつか分かる。純粋に“サッカーが好き”って気持ちだけじゃ、決断できなくなる時がくる。背負うもんができるって、そういうことだ」
メレディスは、しばらく黙っていた。
「……でも俺、あなたの分も、このチームでやり続けます。もっと強くなって、エディ・マルサスの名前を継ぐような選手になります」
その言葉に、エディは目を細めた。
「お前はお前だ。俺の名前を継がなくていい。お前の名前を、アンフィールド中に刻め。メレディス・アストンとしてな」
二人はがっしりと握手を交わす。
スタジアムの照明が、早くも夜の試合のために灯り始めていた。
エディ・マルサスの背中は、少し寂しげに、しかし誇らしげに去っていった。
そしてメレディスはその背を目で追い、深く、心に刻んだ。
いつか──俺も、誰かの背中になる。