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おでことおでこ

 翌朝、岳斗は学校へ行こうとして、玄関に海斗の靴があるのを見て驚いた。

「母さん、海斗は?学校行ってないの?」

岳斗が驚いて洋子に尋ねると、

「そうなのよー。熱があるんだって。」

という事だった。海斗が病気になるのは、ずいぶん久しぶりの事だった。

 昨日は顔も見たくないと言っておきながら、岳斗は一晩眠ってすっきりしていた。言いたい事を言ったからだろうか。所詮、兄弟喧嘩というのはそんなものだろう。だからまた、海斗の心配などをしているのだ。昨日は頭に来たものの、萌の事は好きではなくなっても、海斗の事を本当に嫌いになったりはしないものだ。

 岳斗は学校に行くと、まず朝一番に、朝練を終えてきた笠原から聞かれた。

「岳斗、海斗さんが朝練に来てなかったんだけど、寝坊したのか?それとも具合でも悪いのか?」

「ああ、なんか熱があるらしいよ。だから今日は学校も休んでるよ。」

この時はまだ、事の重大さを認識していなかった岳斗。一時間目が終わると、岳斗の教室にどっと人が、とくに女子が押し寄せてきた。

「ねえ、今日お兄さんはどうしたの?何があったの?」

と、岳斗は何十人もの人に取り囲まれた。

「え、え?えーと、兄は今日、熱があって、お休み、です!」

と言うと、

「えー、大変!お見舞いに行かなきゃー。」

「しんぱーい!お花買って行こうか。」

「それより、スポーツドリンクとかの方がいいんじゃなーい?」

などと、ザワザワザワ。まさかこの人達皆でうちに来るつもりじゃないだろうな、と岳斗は心配になった。うちを知っているのか。もしや、自分が帰る時に一緒に来るつもりではないだろうな、と。

 そうして放課後、岳斗は誰にも見つからないように、まるで忍者のように隠れながら、ダッシュで帰った。後で友達から、先輩たちがお前を探していたぞとSNSで知らされたのであった。危なかった。


 家に帰ってくると、洋子がご飯の支度をしていた。

「ただいま。母さん、海斗はどう?」

「おかえりー。海斗ね、さっきは眠っていたけど、まだ熱は高いみたいだったわよ。今はどうかしら。ちょっと様子見てきてくれる?」

洋子にそう言われた岳斗は、二階へ行き、海斗の部屋のドアをそっと開けた。海斗はベッドの中で布団をちゃんと掛けていた。目を閉じていたので、眠っていると思ったが、岳斗が部屋に入ると、

「お帰り。」

と、海斗が言ったので、岳斗は驚いた。

「あ、起きてたの?ただいま。気分はどう?」

岳斗が近づいて枕元に座ると、海斗は目を開けた。

「岳斗、昨日はごめん。俺、お前の気持ち考えてなくて。」

海斗は、目に涙を溜めていた。

「海斗、泣いてるの?」

岳斗が尋ねると、

「だって、お前が俺とは口利きたくない、顔も見たくないって言うから。」

海斗の目から涙が一筋流れた。岳斗は驚いた。確かに昨日は怒って怒鳴りつけたが、まさかこんなに海斗を悲しませたとは思いもよらなかったのだ。

「ごめん、言い過ぎたよ。」

岳斗は海斗のおでこに手をやった。確かにまだおでこは熱い。

「岳斗、ごめん、ごめんな。」

海斗は、おでこにあった岳斗の手を両手で掴み、涙を流しながらそう言って謝った。

「もういいよ。もう怒ってないから。」

岳斗がそう言うと、

「本当か?許してくれるのか?」

と、海斗は岳斗の顔を見上げた。

「ああ。」

「俺の事、嫌いになってない?」

「ああ、嫌いになってないよ。」

「ほんと?俺の事、好きか?」

「ああ、好きだよって、何言わすんだよ。」

岳斗は苦笑いをした。海斗は自分の両手で今度は自分の両目をこすり、ニコッと笑ったかと思うと、岳斗の頭をいきなりその両手で抱き寄せた。

「あわわ!」

海斗は岳斗の頭を自分の胸に抱き、

「ありがとう、岳斗!俺、岳斗の事、だーい好きだよ!」

と言った。子供の喧嘩じゃないんだから、このやり取りはなんだ、兄弟で好きとか嫌いとか、気持ち悪い、と岳斗は思いつつも、少しだけ嬉しかった。自分の事が憎くてやったのではないようだ。海斗は自分の事が好き、それが分かっただけでもまあいいか、と思った。

 海斗は少し元気になり、夕飯は下へ降りてきて食べた。その後、しばらくそれぞれ部屋で過ごし、岳斗が風呂に入った後、洋子がまた海斗の様子を見てくれと言った。なので、岳斗は海斗の部屋を訪れた。

「海斗、入るよ。」

岳斗が入ると、海斗はベッドの上に座ってスマホを見ていた。

「熱はどう?下がった?」

岳斗は海斗のおでこに手を当てた。ちょっと温かいような気がして、自分のおでこにも手を当ててみる。どうやら自分のおでこも温かい。どっちの方が温かいのか分からないので、岳斗は自分のおでこを直接海斗のおでこに付けた。すると海斗が、

「うわっ!」

と言って飛びのいた。岳斗はそれこそびっくりした。熱があるかどうか分からなかった。

「なんだよ、熱、わかんないじゃん。」

海斗は目をまん丸くしている。壁際に引っ込んでしまったので、岳斗は仕方なく、ベッドに手をつき、屈み込んでもう一度おでこを付けた。今度は海斗もじっとしていてくれるようだ。海斗の熱は下がっていた。

 おでこを離したら、海斗の“マジな目”が岳斗を捕らえた。まだ手に体重が乗っていたので、岳斗は思わずそこで止まった。こんなに近くで海斗の顔を見るのは、すごく久しぶりだった。こうしてまじまじと見ると……目が綺麗すぎる。海斗がマジな顔をしているから、余計に綺麗すぎる……と思った。

「ね、熱は下がったようだなっ。」

岳斗はぱっと立ち上がった。自分はなぜドギマギしているのだろう、と思いながら。ちらっと海斗の顔を見ると、まだ“マジな顔”をしていて、何かを考え込んでいる様子だった。

「海斗?」

「あ?何?」

「何考えてんの?」

「え?いや、別に。」

岳斗は、海斗が綺麗な顔をしていて羨ましいと思った。そんな“マジな顔”を見たら、女子たちはどんなに悲鳴を上げることだろうか。迂闊に見せてはいけないものだ、とも思った。


 かくして岳斗と海斗は、無事に仲直りしたのであった。海斗はすっかり熱も下がり、また翌朝から元気よく学校へ通ったのであった。めでたしめでたし。岳斗の恋は終わったけれど。


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