ep29 ミア・キャットレー
*
ホームルームが終わり、一限目の授業が始まる。
おもむろに先生が黒板にチョークを走らせようとした時。
突然ばんと教室のドアが開いた。
ひとりの女子生徒が息を切らして立っている。
「お、おはようございます!遅れてごめんなさい!」
勢いよく謝罪する彼女。
俺はその娘の頭を見て、あっと一驚する。
「ね、ネコミミ??」
肩上あたりまで伸びた砂色の髪を上までたどっていくと...獣の耳がぴょこんと二つ。
こ、これはまさか......リアルケモミミ娘!?
「な、なあフェエル。あの娘って」
「ミア・キャットレーさんだよ。あっ、ひょっとしてヤソみんは亜人の娘を見るのは初めてとか?」
「はじめて見る!」
「そうなんだね。キャットレーさん、可愛いよね」
フェエルの言うとおり、ミア・キャットレーは可愛かった。
くりっとした大きい目は優しそうで、にゃははとはにかむ顔はとても愛らしい。
背丈は低いがスタイルも良く、腰からはしなやかな尻尾が伸びていた。
「キャットレーさん。昨日休んだ上に今日は遅刻です。お気をつけください」
ハウ先生は相変わらず無表情のまま言うと、素っ気なく黒板に向き直った。
「は、はい!以後気をつけます!」
ミア・キャットレーはそそくさと適当な席へ着いた。
*
昼休み。
フェエルと一緒に食堂に行こうと立ち上がった矢先。
「つーかさぁ、マジでアイツが特待生?」
後ろのほうからエマの声が聞こえた。
まだ話したこともないが、その生意気な口調と声のトーンだけでも誰かすぐわかる。
「あんな冴えねーのに?ウケるし」
わざと聞こえるように言っているのか?
無神経なだけなのか?
どっちにしても、あういう女子はマジで受けつけない。
「てかアイツ、フェル子ちゃんとトモダチになってるとか、マジウケるし」
せめて聞こえないように話せよ。
コイツにはマナーという概念が存在しないのか?
失礼が服着て歩いてんのか?
ダメだ。マジで関わりたくない。
さっさと移動しよう。
「フェル子ちゃーん」
しまった、一歩遅れた。
ギャルがフェエルに声をかけてきやがった。
「オトモダチできたんだぁ、良かったねぇ」
エマは俺たちのそばまでやってきてニコッと笑った。
それから別の方向へ視線を転じると、他の生徒へも声をかける。
「ミャーミャーも来なよー」
ミア・キャットレーはびくんと立ち上がって小走りにやってきた。
「な、なあに?エマちゃん」
「フェル子ちゃんのオトモダチのこの人、特待生なんだってぇ。しかもあのジェットレディ様がガチで気に入ってるんだってさぁ」
エマは妙に含みのある視線を俺に浴びせてきた。
なんだ?なにを思っているんだ?
わからない。
ただ、少なくとも何かしら良くない感情を抱いているように感じる。
「昨日もジェットレディ様がこの特待生くんに会いに来てたらしーよー?」
さっそくクラスメイトにバレてたか。
いやそれはもういい。
そもそも俺はあの人のスカウトで入学してきている。
こういうことは今さらどうしようもない。
それより、このエマとかいう女子の目の奥に仄暗く光っているもの。
それが気になる。
「そ、そうなんだ」
エマの意図を計りかねているのか、ミア・キャットレーがやや当惑しながら応える。
「す、スゴイ人なんだね」
「ミャーミャーさぁ、トモダチになってもらえばぁ?」
どういうつもりなのか、エマが俺を紹介しだした。
「ミャーミャーはどうしても国家魔術師になりたいんでしょ?だったら特待生とトモダチになっといたほうがいいっしょ」
「えっ、あ、そ、そうだね?」
「そうだね?じゃねーだろ。ミャーミャーのことだろーが」
「で、でも、相手の気持ちもあるから...」
「はぁ?あーしがせっかくトモダチのためを思ってやってんのにイヤなわけ?マジ傷つくんだけど」
「エマちゃんのやさしさに気づけないとかマジありえな〜い」
背の低いツレのギャルもやってきて口を出してきた。
「ミャーミャー冷た〜い」
「そ、そそそうだよね!あ、ありがとう!エマちゃん!」
途端に焦りだすミア・キャットレー。
「だーよーね〜?」
「う、うん!ホントにありがとう!」
「じゃ、あーしができるのはここまで!あとはガンバってね〜」
エマは自分自身の自己紹介もせず勝手に話を進めるだけ進めて、ツレとともにぷいっと去っていった。
一体なんなんだあのギャルは?
トッパーたちでさえ呆気に取られているぞ。
「さ、さすがエマだな」
「ああ。お、おれらも行くか」
仲間のギャルに圧倒されながら、彼らもエマを追って教室から出ていった。
わけもわからず引き合わされ、残された俺たち。
互いにどうしていいかわからず次第に気まずい雰囲気が漂ってくる。
どうしよう、と困っていると......。
絶妙のタイミングで爽やかイケメンのセリクが、救いの手を差し伸べるようにスッとやってきた。
「ミアちゃん。昨日休んだキミは初対面だよね?こちらは特待生のヤソガミくんだよ」
セリクは彼女と俺を見てニッコリ笑った。
「ヤソガミくんは、あのジェットレディにスカウトされたんだよ。昨日の授業出た人ならみんなヤソガミくんの凄さを実際に目の当たりにしているよ」
「そ、そうなんだ!あっ、わたしはミア・キャットレーです!どうかよろしくお願いします!」
きっかけを与えられた途端、ミア・キャットレーはしゅびっと礼儀正しく挨拶してきた。
「俺は八十神天従です。よろしく、キャットレーさん」
俺もしっかりと返した。
「あのっ、わたしのことはミアでいいですよ!」
「わかったよ、ミア」
「うん!ヤソガミくん!」
ミアはにゃははと可愛く微笑んだ。
俺はセリクに目で感謝を伝える。
セリクはこくんと頷いてから、
「じゃ、ボクは行くよ」
さらっとにこやかに去っていった。
その姿は、イケメン以外の何者でもない。
「じ、じゃあ、せっかくだから、みんなでお昼行こうか」
フェエルの言葉に従って、俺たちはミアをともなって三人で食堂に向かった。
あのエマとかいうギャルの真意はわからない。
けど、新しい友達ができたのは素直に嬉しかった。
仲間が増えれば、ますますフェエルも手出だしされにくくなるだろうし。
「ヤソみん?どうかしたの?」
「いや、なんでもないよ」
教室を出る時、一瞬ジークレフ委員長の視線を感じたような気がしたけど、気にしないでそのまま教室を後にした。