11.構造主義から考える「国」について
色々と脱線してしまうが、基本的に次から次へと疑問が沸いてネタに困るという事が無い。大変宜しい限りです。
皆さんからのコメントも参考になります。言葉と概念の難しさ、認識の違いというのは、とても難しい問題です。
さて、息抜き(という名のお勉強)の時間だ―!
という訳で『国』と言うものに焦点を当ててみたいと思う。
一言で国と言っても様々だ。日本語と英語の比較で、その意味の奥深さを知る事が出来る。英語は苦手だが、考えるのは楽しい。ちょっと試してみよう。
①国家(nation):地球上の領土区分としての国。日本でいう所の「国体」とでも言えば良いのか。法律や民族、習慣も含めた共同体である。もちろん、時代背景や文化により、都度変更するものである。
②国(country):出身地、地理的な要因での国。日本で言うならば「県民性」ではなかろうか。自己紹介で「~生まれ」という奴だ。同じ地域で同じ価値観を持つ共同体としての国という事になるのではなかろうか?
こちらの意味での国と言うのは、どんな時代であろうとも基本的に変わる事は無い。例え国家が滅亡しようとも、強制的にリセットでもしない限りは残り続けると言っても良い。
日本語で言えば、どちらも『国』なのだがちょっと意味合いは異なる。「お国の為にこの身を捧げます!」と宣言した場合はどちらなのだろうか……。
また、同じ国家の中に異なる共同体があった場合はどうするのか? 要するに「上流階級」「下層階級」「異なる民族のコミュニティ」等だ。
……うん、凄くヤバい話題ですね。
ともあれ、人間には共通する構造がある事は間違いない。『国家』『出身地としての国』『共通のコミュニティ』の3つのグループに属するという事。
アメリカなんかは「合衆国」の名前の通り、州ごとに全く異なる「出身地としての国」があるという理解で良いだろう。フランス何かは、基本的に「北部フランス地方」「パリ周辺」「南仏地方」みたいな感じだろう。
要するに「出身地としての国」というものは、土地毎の気候にも影響されるのであまり変更する事は無い。あっても一時的な物で、色々と揉め事を起こした挙句に元に戻る事が多い。
……戻らない場合だってあるが、それはそれ。東西ベルリンだって、50年位は分かれていたが元に戻った。そう言うものだ。
一方で、国家として統一していたものが分裂する場合もある。逆もまた然り。
具体例を挙げれば、ヨーロッパである。元々の国体としては「ローマ帝国」の版図なのだ。なので、言語的にも国家の体制的にも似ている国が多いのである。
だから、世界大戦をした挙句EUとして纏まると言ったウルトラⅭも可能なのだ。
……この辺り、とてもデリケートではあるが、現状の戦争を考えると悩ましい問題ではある。
結局、国と言うものは「お互い一つに纏まった方が良いと考えられる程度に価値観や文化が一致していないと無理」という、至極当然の結果となる。
その点、『共通のコミュニティ』は直接接する人達の集まりなので、基本的に分裂する事も無い。逆に統合する事も滅多にないが……。
それが日本でいう所の「ムラ社会」であり、日本と言う国はこのコミュニティに従って、長年暮らしている。
どの位長年かと言うと、数万年単位であるという事だ。普通の国ではありえないだろう。しかも、異なる価値観を持ちつつ共存共栄してきたのだ。
そこが日本の特殊性だと思う。「士農工商」という言葉がある。
「士」は支配者階級、「農」は被支配者階級である事は間違いない。だが、こいつ自体は「国家」とは別物なのだ。
要するに日本の「国体」である天皇家は支配者階級ではない。一時的に政治を取り仕切る場合もあるが、基本的に2000年位の間、「国体」としてのみ君臨してきたのだ。
平安時代や戦国時代や江戸時代含め、支配者階級は変化してもそれ以外は残った。王朝が変わらないので、文化や価値観もリセットされない。だからこそ、古くからの歴史が途切れていない。
良く聞く四大文明というものは、現在残っていない。中国を例に取ると、殷王朝から秦~漢末期位に成立した政治体制と科挙と言う制度のみを残して、王朝が変わる度にリセットされている。
それだけならまだよかったが、国共内戦と文化大革命によって根こそぎ焼かれ壊されて、知識人を全て殺してしまった為に過去の中国と今の中国の繋がりは全く残っていない。
トドメに、漢字まで簡略化したために文化的にも断絶している。むしろ台湾の方が過去の中国に近いと思う。
ヨーロッパは、一度中世暗黒時代を挟んだもののルネサンス経由でギリシャ・ローマ時代の文化や価値観が残され、それを元に産業革命へと繋がっている。今も西洋はギリシアやローマの影響を色濃く残しているのだ。
その証拠として、学会等で使用されるラテン語が残されている。ローマ帝国の公用語は、その命脈を保ち続けている。
ともあれ、日本の場合は「工」としての職人、「商」としての商人がいる。彼らは定住民ではない。
それぞれ縄文時代位から続く、非定住民族なのだ。
江戸時代中期まで職人と言うのは、基本的に特定の工房を持たなかった。手に職付けて一人旅、という古き良き風習は続いていると言って良いと思う。
また、商人については「海の民」「海賊」と呼ばれる特定の交易が縄文時代から行われており、その系譜を持つのではないかと思う。
要するに、日本と言う国は国家基盤が縄文時代位から変わっていないという事だ。
先に共同体としての形があって、それを諸外国の文化を使って明文化した訳だ。
……だから、民族として本来独自の要素である筈の『神話』にまで、外国の要素を混ぜられる。普通、そう言うのは民族独特の物語になる筈なのだが、インドやギリシャなどの神話も混じっている。
中国経由で文字と一緒に各国の神話も持ち帰ったのだろう。取捨選択の結果、『これも入れちゃえ!』と、判断出来る民族と言うのは日本人位だろうに……。
とまあ、こんな訳で日本人が優秀とかそう言う話ではなく、文化や価値観、諸々の歴史が断絶せずに残っているから特殊なのだ、というお話でした。
そして今、縄文時代を始めとした過去の日本が注目されている。いわゆる『昔は良かった』論の変形である。
「パラダイム・シフト」により、過去の価値観には戻れなくなった人々が、それを懐かしむ現象なのである。
「自然と共生した文化」とか「戦いの無い時代」とかそう言うのは、勝手な思い込みである。むしろ、常に自然と戦って来た文化なのでそうなっただけだ。
「都会を離れて自給自足」とか言うのも同じ話である。田舎とは言っても電気も水道もネットもあるのだ。過去の日本とは話が違う……。
……ではあるのだが、そう言うものを「美しい」「素晴らしい」と感じるのも、無意識な人間の選択なので、無理せず幸せに暮らして欲しいものだ。