【第八話】最後のピース
善輝は周りの光の玉を全て胸の中に入れた。その瞬間、善輝はケイの持つ日本刀とよく似た形状のシンプルで艶やかな刀身を見せる日本刀を音も僅かな風の揺れも作らずに右手に出した。するとケイは突然、ケラケラ笑いながら言った。
「死んだ仲間の力?笑わせないで下さいよ。過去は過去の存在。敗北者の力で勝とうなんて舐められたものですね。だが、私もいいことを教えてあげます。私は人間を五十二人と契約者を二人吸収しています。」
そう自慢げに言い終わった瞬間のことだった。周囲にあったロウソクの灯火が全て儚く消えると共にケイの姿が瞬きする間に見えなくなった。それは拘束されていた夫楼々も善輝も見失う程の速さだった。
「おい、何処に行ったんだよ。まさかあれほど言って逃げ出したのか?」
月明かりも、ロウソクの明かりも一つも無くなった闇の中、善輝はケイの能力を知るために挑発した。すると、ケイは姿を見せないまま不自然にも目の前から
「私はここにいますよ」
とあざ笑う声を出し、それと同時に善輝の顔に軽く切り傷をつけた。
「なぜ?今、目の前にはやつの姿がなかったのに」
善輝の口から咄嗟の疑問が溢れ出ると、さらにケイの猛攻はペースを上げた。足、腕、腹。善輝はケイの位置を上手く特定できず、我武者羅に刀を空振らせた。一方的に増える善輝の傷。それに対しケイは
「おやおや、あれほど大口叩いて、私に一発も攻撃を入れられないのですか?」
と図に乗った様子。善輝は舞を舞うように刀を振りながらもケイに適する『霊獣』のことについて分析した。
「ここは明かりを灯すために『霊獣朱雀』を使うべきか?いや、それだと自分の体力が削られて返ってこちらが不利になる可能性がある。相手の位置の特定ぐらいなら『あいつ』にでも十分にできる。」
考えがまとまった善輝は一旦今いる位置から離れると、刀の刃先を自分に向けて、胸のあたりを力一杯に刺した。善輝の背中に現れた刀身は赤黒い血を滴らせていた。
「おやおや、切腹ですか?健気なものですねー」
「善輝さん」
二人は意表をつかれ、ケイは困惑しながらもまた煽りだし、夫楼々の目の下には真珠が飾られた。周囲一体に広がる血の海の中。すると、善輝が
「おいおい、もうファミリー何だから、父さんとかで呼んでくれよ。」
と血反吐を吐きながらそう言った瞬間、周囲一体に広がった赤黒かった血がみるみるうちに銀世界の雪のように白くなっていった。そして、
「こんなことに使ってしまってごめんな。でも、一緒に戦ってくれ。『霊獣白虎』」
白くなった血からきれいな白銀の鬣と寒気を感じる程の鋭く赤い目、人間の背丈程ある白い虎のような獣が現れた。善輝は口に溜まった血反吐を吐き捨てて、刀身から滴る血を払い捨てた。善輝の『継承の力』にはもう一つ能力があった。それは、自分の体力を消耗する代わりに善輝の胸の中に入っている様々な人の魂を『霊獣』と呼ばれる生物として具現化することができるというもの。
『霊獣白虎』は偵察や索敵が得意な『霊獣』。パートナーとして共闘できたり、移動手段としても使える。そして何よりも一番の特徴は他のどの『霊獣』と比べて、最も体力の消耗が少ない『霊獣』だということ。
「さあ白虎、ケイの位置を特定してくれ」
白虎は善輝の周囲をグルグルと、回ると善輝の斜め後ろで反応した。反射的に善輝は振り返るステップと同時に刀を振った。だが、そこにも一切の重みを感じなかった。すると、ケイは白虎が反応した位置から姿を現さないまま声を出した。
「いやはや、一時はどうなるかと思いましたが、結局だめでしたね。」
それと同時に善輝は自問自答を始めた。
「なぜだ。白虎の察知能力が外れた。いや、当たっているのか?確かに白虎の反応した所からは声がする。でも、刃が通らなかった。」
「何か反応してくださいよ」
自問自答する善輝にしびれを切らしたケイは、善輝の体のあちこちにかまいたちのような切り傷を増やした。そして、冷たく切れ味のある刀が足に当たった時、善輝は耐性を崩し、地に片膝をつけてしまった。更に白虎はなすすべなく、首を切り落とされてしまい、あっけなく灰のように消滅してしまった。それは風を一つ揺らさない、本当に静かな攻撃の数々だった。だがその瞬間、善輝は遠くにあったケイの能力を知るための最後のピースに手が届いた。
「やつと初めて会った時に見た、気配を消して突然現れることのできた隠蔽能力。瞬きする間に近距離にいた夫楼々のことを奪えた瞬発力。そして、やつがやたらと暗闇を望むこと。白虎の索敵能力で見つけたのにも関わらず、攻撃を入れられなかったこと。間違えない、やつの能力は『暗黒空間での完全隠密』やつはそこに居るが、そこには居ない。暗黒空間でのみ自分だけの世界を作り、そこに隠れることができる。だから、今までやつに攻撃が通らなかった。今、やつへの攻撃の入れ方は周囲を明るくすることしか出来ない。クソ、こんなことに何でもっと早く気づけなかったんだ。今頃もったいぶらずに『霊獣朱雀』を使えていれば、勝利の女神はこちらに微笑んでいた。もう体力の消耗で『霊獣朱雀』は使えない・・」
そんな万事休すに思われた時、鉄階段を誰かが駆け上がる音が深淵の闇の中に響き渡った。そして、現れたのは冷や汗をかいている愁人だった。だが、善輝はケイの能力について知った今、できるだけの被害を抑えるために善輝は力一杯に愁人に対し、叫んだ。
「逃げろ。ケイは倒せない。あまりにもこちらに分が悪すぎる。」
放心状態になる愁人。善輝はケイが今、そんなことお構いなしに愁人の方へと近づいているように感じ、それに対し、今度はケイに対して力一杯叫んだ。
「おい、僕のファミリーに近づかないでもらえるかな?君は僕を吸収するんだろ。なら今は一刻も早く僕にとどめを刺せよ。」
「笑わせないで下さいよ。あなたは今死んだも同然。それなら主婦が必死になってスーパーの詰め合わせを行うように・・」
「知らないのか?二兎を追う者は一兎も得ずって言葉を。お前は今、強欲に二つの命を狙おうとしている。でも、僕は後少しで完治させることができる。もしも、そうなったならお前は一気に一巻の終わりへと追いやられる。分かったなら僕から確実に狙いなよ。」
ボロボロで限界の体を起こし、強気に言う善輝の顔には血管が浮き出ていた。
「そんなに早く楽になりたいのですか?まあいいでしょう。『この世の神に曰く、この世の生きとし生けるものはみな、箱庭の民なり』」
ケイのため息がほんの少し漏れたように聞こえると、善輝の方に進行方向を変えたことが分かった。善輝は諦めの境地に立ち、目の前が真っ暗になりかけた時、ほんの少しの希望の光と共に今からでも勝つことのできる最後のビジョンが見えた。そして、迷うことなく善輝は愁人に対し、指示を出した。
「愁人。お前まだ能力は使えるな?それなら、お願いがある。お前の兵器の中に曳光弾を使えるものがあったよな。それを・・僕に対して撃ちまくってほしい。」
愁人はあまりにも予想外なことにしばらく石像のように固まった。すると、それに対して善輝は急かすように
「時間がない。理由も説明できない。でも大丈夫、お前も僕の契約の力の耐久力と回復力を知っているはずだ。だから・・」
だがこの時、愁人には善輝の言葉が届いてはいなかった。なぜなら愁人には大事な人を撃ってしまう、そんな似ている状況を前にも経験したことがあったからだ。
続