【第三話】本能解放
「あの、なんでこの車は砂を大量に被っているんですか?」
外明かりが遮断された沈黙の車内が嫌になり、夫楼々は話を切り出した。
「さっき愁人の話の中にもあったようにきれいなボディーの車からも鏡の住民が現れるからね。使用するならこうするのが一番ベストなんだよ。」
「そういえば、この街の鏡や窓が全て割れていたり、鏡の住民が話で聞いているよりもずっと少ないのはなぜなんですか?もしかして、全て善輝さんたちが壊したんですか?」
「いいや、実はこの話は目的地に着いてから話そうと思っていたんだけど、鏡の住民にはもう一つ特徴があって、それは鏡の住民が出てくる数は反射物一つにつき一体だけなんだ。一体でも出てきたらその反射物は壊れるようになっている。ただし、例外があってそれは位の一番高い『大富豪』は普通の反射物を『核となる鏡』っていうものに作り変えることができるんだけど、それを作られるとそこから鏡の住民が無限に出入りすることができるようになるんだよね。そして更には、『核となる鏡』から出てきた鏡の住民のことを『大富豪』が部下として扱えるようになり、これにより一つの組織のようなものが完成するようになっているんだ。この街にも『核となる鏡』は存在したんだけど、もう既に僕らで壊してあるから、この街には鏡の住民が少ないし、『ミラーエンドの日』の影響で現れた大量の鏡の住民によってこの街の反射物はほぼ全て壊れているんだ。」
「そうだったんですね。」
夫楼々はあまり言っている意味を理解することが出来なかったが、取り敢えず、苦笑いで称賛した。
ー十分後ー
結局話すことが無くなり沈黙の間が生まれ、夫楼々の瞼が重くなってきた時、
「そろそろ目的地に着きますよ」
と愁人は囁くように言って、夫楼々の意識を戻させた。
ついた場所は荒廃したショッピングモールだった。ここも例に漏れず、外観一面に広がる窓ガラスは全てなだれ落ちていた。カッシャンカッシャンと耳障りな破壊音を繰り返す足元のガラスたち。もともと自動ドアがあったであろう所から中に入り、すぐに見えた大きなホールの姿に一同は呆気にとられた。そこには推定十体程の鏡の住民が居た。
「まさか、こんなところに生き残りが溜まってたなんてね。」
「せいぜい強力なので、七人程しか吸収していない『平民』レベルですかね。」
愁人が顎に手をあてながら、分析していると、今まで一度も喋らなかった昌樹が鼻につくような言葉で答えた。
「お前はバカか?あれらは零が三体、二が二体、五が四体、十一が一体だ。見りゃ分かるだろ。」
愁人は分かりやすく、歯ぎしりをすると、善輝は手をうちわにして苦笑いをしながら二人をなだめた。すると、愁人はナップサックに入っていた古びた洋風の手鏡を取り出すと、
「面倒くさいんで、ちゃちゃっと片付けちゃいますね。父さんは夫楼々さんに対して『契約』についての説明を頼みます。昌樹はどこか離れた場所で指を噛んで見ていて下さい。」
そう言うと、善輝は少し離れた石柱の後ろに来るようにと、夫楼々と昌樹に指示した。鏡の住民が警戒しながら見ていると、愁人の空気感が一変した。
「合わせ鏡、土より生まれし悪魔の血、螺旋に続く輪廻の加護、闇夜に浮かびし深淵の月、呪縛に縛りし我が思い、今この地に混沌をもたらせ。」
愁人がブツブツと呪文のようなことを繰り返し言った果てに、床に散らばったガラスの破片で自分の腕に浅く傷をつけると、その腕から出た真っ赤な血を腕に滴らせ、鏡に落とした。石柱で見る夫楼々はただシワを寄せながら、見つめることしかできなかった。そして、鏡に血が落ちた時、何の変哲もなかった鏡が、まるで小さな池で暴れる大魚が作る波しぶきのようなものを立て始めた。
「契約」
愁人はそんな鏡を目の前にして動じることなく、力強い声で叫んだ。と、同時に鏡の中から鋼のような銀色のお面が吹き出た。愁人はそれを素早く掴むと、手鏡をナップサックにしまい、ナップサックをその場に投げ捨てた。最後に夫楼々たちの方を向き、ウィンクサインを送ると、そのお面を躊躇なく顔に当てた。お面はまるで顔ほどの大きさになった寄生虫のように愁人の顔を蝕んだ。その途端、愁人の体に変化が現れた。背丈はさっきと比べ一点五倍程になり、愁人はまるで猛獣のように真珠のように輝く唾をたらした。さらには体内からは無数の兵器がむき出しになり、ピストル、アサルトライフル、マシンガン、ショットガン、ロケットランチャーといった兵器の姿が愁人の体内から現れた。
そして、全ての兵器が出揃うと、それらの銃口は一斉に周囲一体の鏡の住民へと向けられた。途端、カッカッカッカッという錆びた機械音の後に一斉放射された。
鳴り響く無数の銃声、揺れるショッピングモール、愁人には躊躇なんてものはなかった。夫楼々が呆気にとらわれていると、善輝は悠々と説明を始めた。
「あれが『契約』だよ。『契約』とは鏡像の自分と当の本人との一時的な利害の一致によって成立するもの。自身の命を少々、鏡像の自分に献上することによって、鏡の住民と同じ力が一定時間、使えるようになるんだ。『契約』すると、鏡の住民の持つ、多少の銃弾ではびくともしない耐久力、いともたやすくコンクリートなどを砕くことができる破壊力、腕や足が切られても、再生することができる回復力が手に入る。そして極めつけは、人間を五十人以上吸収した鏡の住民の『大富豪』と同等の特殊な能力も手に入れられる。ただし、代償はしっかりと存在する。例えば、命を献上しているものだから寿命を少し縮めちゃうのと、契約には、それぞれの人間に応じた時間制限があって、愁人の場合、あの力を使えるのは一回の戦い、最高八分間まで何だけど、もしその時間が過ぎちゃうと、契約違反で死んじゃうんだ。」
「そんなことが・・そういえば、愁人君の能力って?」
「あれは『破壊の力』だね。能力は、自分の隠れた本心や本能を元に持たせられて、その思いの強さによって能力の力も比例する。愁人はすごく温厚で優しい性格に見えて、実は鏡の住民に対する恨みとか怒りがファミリーで一番大きいんだよ。能力はそんな愁人の狂気さを表しているんだよ。」
そうこう話している間に愁人の猛攻は終わった。鏡の住民は全員丸焦げ状態で倒れていた。そんな中、一体の鏡の住民がヨロヨロとしながらも、何とか立ち上がった。が、原型が無くなる程、身体が歪むように、焦げてしまっていた。さらには、胸元、左腹と顔の右側には更に荒廃してしまったショッピングモールの姿が見えていた。
「あ・・あ・あーー」
その鏡の住民は助けを求めている様だったが、声がだんだんと霞んでいき、最後には手を伸ばしながら事切れた。
戦いが終わると、愁人の付けてたお面は滑り落ちるように落ちると、鏡のように割れて散った。愁人は元の姿に戻ると、夫楼々たちの隠れている石柱へ近づいた。
「瞬殺でしたね」
愁人は山の山頂に登ったかのような達成感を感じているかのように清々しく言うと、それに対し昌樹は舌打ちをしながら、
「瞬殺でしたね、じゃねーよ。食品売り場消し飛んだらどーすんだよ。」
と強く返すと、愁人は初めて昌樹に対し、しおらしく謝る姿を見せた。
だが、幸い食品売り場には銃弾が落ちていたが、無傷だった。缶詰や非常食などの保存の効く物を鞄に詰め込むと、そのまま何事も無く帰ることができた。車の中から感じるほんの少しの夕日の光はまるで夫楼々の人生のリスタートを表すようだった。
続