【第二話】悪魔のカード
「いやーにしても、間に合って本当に良かったよ。」
「『顔無し』だったのが、有卦に入ってましたね。」
「ははは、確かに」
三人の仲良さそうな会話に夫楼々の入る幕はなかった。そんな時、夫楼々はあることに気づき素直に聞いた。
「あの、何か事情があるのかも知れませんがあなた方は本当に家族なんですか?」
「そんな畏こまなくていいよ」
そう言いながら三十代後半ぐらいの年の男の人は温もりのある手を差し伸べてくれた。
「僕の名前は青山善輝そしてこっちのイケメン君は渡辺愁人で」
「余計なこと言わなくていいです。」
愁人が冷めた態度で合いの手をかけると、善輝は高らかに笑いながら続けた。
「そして、この子が・・えっと・・・」
「パパひどーい私は百目鬼雫よろしくね。」
雫は夫楼々に対しウィンクサインを送った。それに対し夫楼々は苦笑いを返すと、善輝は一つ手を叩き、気まずい空気をかき消すと、
「じゃ、いろいろ話したいことも聞きたいこともあるから取り敢えずついて来て」
と言い、見返り美人のように振り向きながら手招きしてきた。
善輝たちに連れて来られたのは街の古びた高校だった。そこも例に漏れず、窓ガラスが全て割れていたり、更にはトイレの鏡や踊り場の鏡などなどの反射物も全て壊されていた。不穏な雰囲気の中、屋上より一つ下の廊下の突き当りにあった音楽室の前で足を止めた。
「ここだよ」
善輝はその言葉を合図に扉をゆっくりと開けた。すると、そこには苦楽を共にする十五人程の老若男女がいた。
「え、これは一体?」
「見ての通り、これがファミリーさ」
善輝がそう言いながら手を大きく振ると、小学三年生ぐらいの女の子が善輝の裾を引っ張りながら
「お父さん、この人だーれ?」
と夫楼々に対し指を指しながら聞いてきた。すると、さらに奥から四十手前ぐらいの女性が女の子の指を強制的におろさせながら、
「こら、人に指さしちゃだめでしょ」
と叱った。善輝はにこやかな笑顔を二人に見せると、振り返り紹介してくれた。
「紹介するよ。このちっこいのは鈴木恵里香、こっちのべっぴんさんは夜鏡友樹だよ。」
友樹を頭に手を当てながら照れさせると、今度は善輝がウィンクサインを送りながら
「今度は君の自己紹介、みんなの前で頼むよ」
と、何かを期待するかのように言ってきた。そのまま誘導されるがまま、みんなの注目が集まる黒板の前に立たされた。夫楼々は小学生時代に感じた懐かしい緊張感と不安感を思い出した。が、その感覚は一瞬にしてとけて消えた。なぜなら、話を聞く姿勢を持つ人間が数えられるほどしか居なかったからだ。例えば、帽子で顔を隠しながら寝ている人、一人黙々と読書をしている人、タロットカードを広げて占いをしている人、積み木を使って遊んでいたりしている人、といったように夫楼々に対しては無関心だった。夫楼々はやるせない気持ちになりながらも何とか始めた。だが、
「僕の名前は西崎夫楼々(にしざきおろろ)です。年は二十六歳でえっと・・」
無策で臨んだため驚く程早く詰まった。すると、善輝はフォローするように夫楼々に対し、質問した。
「夫楼々君は『ミラーエンドの日』から今までどうやって生き延びてきたの?」
「え、『ミラーエンドの日』?」
「ああ、ごめんごめんそれはこっちで勝手に名付けた名前だった。今から大体三ヶ月ぐらい前の日にあった二月十一日の出来事のことだよ。」
その善輝の何気なくしてきた質問に夫楼々はシワを寄せた。
「ちょっと待ってください。今って何月何日ですか?」
「えっと、今日は・・五月十八日だけど」
夫楼々は善輝の思わぬ言葉に腰を抜かした。それもそのはず、夫楼々が事故にあった日は二月の初旬頃の話だからだ。夫楼々には三ヶ月以上の空白の時間があったのだ。夫楼々は軽いパニック状態に陥りながらも善輝たちに対し説明した。
「実は僕、その出来事?の少し前から今日まで記憶が無いみたいなんです。信じられない話かも知れませんがその出来事の前、僕はトラック事故で気を失っていたんです。それで目を覚ましたらこんな世界になっていて・・・」
その思わぬ質問への答えに対し、さっきまで夫楼々に対し無関心だった人々の視線が一点へと変わった。
「あの、『ミラーエンドの日』って何なんですか?」
すると突然、頭を抑えながら彼らは憂鬱そうになった。まるで、弱って餌に食いつきにくくなった鯉の魚群のように。そんな重たい空気感の中、壁に寄りかかりながら話を聞いていた愁人が心よく静かに語ってくれた。
「今でも忘れもしませんよ。二月十一日のあの出来事を。その瞬間は、十一年ぶりに金環日食が見られると言われていた日の午前中のことでした。奴ら、いや『鏡の住民』という化け物は何の前触れもなく現れました。高層ビルの窓、電源の入っていないテレビ、きれいなボディーの車、海の中、ある程度の大きさのある反射物からぞろぞろと。鏡の住民は枚挙に暇がない程の数現れると手当たり次第に人間を吸収し、殺し始めました。吸収された人間は神隠しにでもあったかのように姿を消され、その人たちが着ていたものはいたる所に散乱しました。その結果、その日、有意義に金環日食を眺められた人はこの世から一人も居なくなりました。ここに集っている人々はみんな、家族、兄弟、友人といった大切な人たちを失い、拠り所を探している人々で、助け合いながら過ごしているファミリーなんです・・」
愁人の話を聞いて、何か思い出したことでもあったのか、泣き出す人や耳を塞ぐ人が現れた。
「あの、一つ聞いてもいいですか?鏡の住民って何者なんですか?」
夫楼々は未だに、話しが見えなかったが、次々と沸き上がる疑問は夫楼々の口に歯止めをかけなかった。
「僕らもまだ詳しいことは分かって無いのですが、一言で言うと、人間の本心や本能をむき出しにした鏡像の化け物と言えますね。鏡の住民には四種類が存在します。立場が一番下の奴隷の『顔無し』、真ん中の『平民』、立場が上の『富豪』、そして最後に最上級の『大富豪』。これらの立場はそれぞれ吸収した人間の量で変化します。まず、『顔無し』はその名の通り、誰も吸収していないため、顔が無い鏡の住民を指します。知能が無く、顔を欲し、手当たり次第に暴れまわるという特徴があります。さっき夫楼々さんが会ったのも『顔無し』です。次に『平民』は推定一人〜二十五人程の人間を吸収している。顔は最初に吸収した人間のものになっていますが、知能や記憶などは吸収した人間の全てを持っています。次に『富豪』は推定二十六人〜五十人程。ここまで来ると、鏡の住民は特殊な能力を持ち始めます。」
「特殊な能力?」
「はい、ものによって異なりますが、様々なのがいます。今まで出会ったことのある中から一例をあげると、『風を操る能力』や『記憶を失わせる能力』とかですね。最後に『大富豪』は五十人以上吸収していています。能力や知能は他のどの鏡の住民よりも高いものになっています。さらに『大富豪』には特徴あって、一部例外はありますが、縄張りや組織を持つようになるんです。下の立場の鏡の住民を従え、自分の地位を証明するんです。
まあ、長々と説明しましたが、鏡の住民は自分の力と地位を確立するために人々を吸収という形で殺す人類の敵ってことです。」
愁人の話は夫楼々にとってあまりにも突拍子もない話だったため夫楼々には理解しかねないものがあった。すると、それに気づいた善輝が一つ提案をしてきた。
「今ちょうど、食糧調達をするべきだと思っていたタイミングだ。嫌でも鏡の住民と出くわすことになる。百聞は一見に如かず、夫楼々君は荷物運び係とかでいいからついてきなよ。あと、新しいファミリーの歓迎会のために君の食べ物の好みを知りたいしね。」
「え、新しいファミリー?って僕のことですか?」
「そうだよ。当て所無く彷徨っていたらいつかは死ぬ。それよりかは記憶が戻るまででもここで暮らすといいよ。」
夫楼々は少し悩む素振りを見せたが、はいという選択肢しか無いことに気づき、コクリと頷くと、善輝は有頂天になり、
「愁人、昌樹一緒に来てくれないか?」
と、意気込みながら二人の人物を呼んだ。愁人はにこやかな笑顔を向け、昌樹はやるせないような表情を見せながらも頷くと善輝はまた笑みを溢した。
三人が出かける準備をしていると、夫楼々の話中にタロットカードを広げて占いをしていた同い年ぐらいの男の人に手招きされた。夫楼々は深く考えず、その手招きに誘われると、男の人の口が動いた。
「私の名前は陸島英司、占いが得意な者だ。旅路を描く前に君のことを一つ占ってあげるよ。」
そう聞き心地のいい声で言うと水色のカードを台座の上でテキトウに混ぜ始めた。僕が、シワを寄せながら台座のカードを見ていると、
「別に君からアヤつけようって考えもないよ。」
英司はお金の心配をしているんだと勘違いをして安心させようとしてきた。混ぜて、整えて、混ぜて、整えてを繰り返すカードたち、そして最後にまたまとめると、
「さっ、落ち着いた心で一番上のカードをめくってみて、これはタロットカードの大アルカナを使った簡単な占いだよ。」
夫楼々は言われたとおりにしてカードをめくるとそこには『TheDEVIL』と書いてある悪魔のカードがめくれた。タロットカードをあまり知らなかった夫楼々でも不吉な予感を感じ、焦っていると、
「悪魔のカード・・逆位置だね。心を縛る悪い考えから開放されて、心情も状況も好転できるって」
「えっ、てことはいい意味何ですか?」
「うん、悪い意味じゃないよ。いいことがありそうだね。」
「夫楼々君そろそろ行くよ。」
「ほら、行った行った」
英司はカードを見て満足した素振りを見せると、笑顔で手払いをして見送ってくれた。
夫楼々以外の三人はナップサックに最低限の荷物を持ってきていた。
「それ何入っているんですか?」
「それは後からのお楽しみだよ。」
夫楼々が好奇心から聞くと、善輝は不敵な笑みを返してきた。学校から出てすぐ現れた駐車場には一台の砂まみれで薄橙色になっているワゴン車だけがあった。
「さっ、行きましょうか」
善輝の言葉を合図に夫楼々たちはそのワゴン車へと乗車すると、蒼穹の空の下、静かな街の中、ただ一台の車が動き出した。
続