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ミラー∞スペクルム  作者: 画竜転生
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【第一話】僕らのユートピア



俺は鏡が好きだ。鏡は嘘をつかない。純粋でありのままの世界を見せてくれるから。



これはいつの記憶だろうか?俺は何をするわけでもなく、突然知らない街へと捨てられた子猫のように瞳の灯火をつけること無く、のらりくらりとさまよっていた。天空は白色の絵の具と黒色の絵の具を無慈悲にかき回している真っ最中だった。背丈程の古びた家の外壁に囲まれた小さな小道。孤独に置かれたカーブミラーを軸にした曲がり角に差し掛かった時のこと。次の瞬きする間には理不尽にも俺の上半身のみが宙を舞っていた。下半身は見るに耐えないミンチの姿。落下後、不意に見たカーブミラーの見せる真実に俺は呆れた。そこにはトラックに惹かれ、真っ赤な池を作る俺の哀れな真実があった。どこかで人は死ぬ時、体が無性に熱くなったり、走馬灯を見ると聞いたことがあった。だが、そんなのはただの偽りに過ぎなかったらしい。今の俺にあったのは深淵の渦で踊る『無』だけだった。俺はカーブミラーが見せる真実に手を伸ばしながら頼んだ。

もっと、俺は生きたいーーーーと。



「あれ?」


張り巡らされた蜘蛛の巣に囲まれた、薄暗く、埃っぽい二階建ての小さな廃病院の二階の病室のベッドの上で西崎夫楼々(にしざきおろろ)は目を覚ました。ベッドの周辺は錆び付いた用具などが散乱し、窓ガラスは全て派手に割れていて、破れたカーテンをなびかせる、冷たい風はその開放感を物語っていた。


「二月八日、僕はさっきトラックに惹かれて・・それで・・」


夫楼々は取り敢えず、心を整理するために自問自答を始めた。だが、いくら苦悶するも肝心なところの記憶が抜けていた。木に引っかかってしまった風船を必死に取ろうとする無邪気な子供のような気持ちになった。考えがまとまらない中、どういうわけか夫楼々は無性に外が見たくなり、病室外からの窓の外の景色へと吸い寄せられた。その時、夫楼々は予想だにしていなかった景色に驚愕した。見える範囲の家々の窓ガラスはこの病院同様に全て割れ、雑草が建物を侵食してしまっていた。さらに、人の姿は見えないが服やズボンなどが無造作に散らかっていた。まるで、パンデミックが起きた後を写像的に映しているような景色だった。その途端、夫楼々は自分の服や体がやけに臭いことに気がついた。と、同時に服装が事故があった時と変わっていないことにも気づいた。

「僕はいつまで寝ていたんだ。今の日にちは?」

度重なる、不吉な疑問が夫楼々に抱きついた。だが、夫楼々には一つだけ分かったことがあった。それは今、一体何が起きているのかを確認しなければならないということだった。


思いついた途端に体が動いた。廃病院を抜け出した時あまりにも不自由無く体が動くことに疑問を覚えた。それもそのはず、夫楼々はついさっき体の自由が無くなるという感覚を知っていたからだ。挙句の果てには血が一滴もついてなければ、着ていた服も変わって無いはずなのに全くやつれてなかったのだ。


「夢を・・見てたのか?」


夫楼々はまず生存者を探すために無我夢中で駆け出した。しかし、それはそう単純な話ではなかった。どこの道を歩こうが、どこの家を覗こうが、全てもぬけの殻。雲ひとつ無い蒼穹はどこかあざ笑っているかのようにも見えた。


いつまで歩いたのだろう。いつの間にか夫楼々の身は困憊していた。そしてついに思断とおとしたその時だった。


「・・んxg・・・s@b」


ほんの微かに人の声が聞こえた。夫楼々はまるで主人の帰りを喜ぶハチ公のように一直線に駆けた。だが、夫楼々はその姿を見て血の気が引いた。憂鬱そうに猫背でゆっくり歩く老人のような、ゾンビのような人影。何か意味のわからないことを言い続ける不気味さ。更にダメ押しに顔は、まるで白色の絵の具と黒色の絵の具を無慈悲にかき回している真っ最中のように歪んでいたのだ。


夫楼々は何とか冷静を保ち、その場から一歩、二歩とバレないように後ずさりをした。だが、相手の勘は鋭かった。夫楼々が一歩、二歩と後ずさりをするのに対し、相手は逃げている方向に一歩、二歩と前進して来るのだ。夫楼々は冷静を保てなくなってきていた。そんな時、夫楼々が無意識に後ろに伸ばしていた手探り状態の手が金属類の物を見つけた。それはしばしば家庭で使われる鉄製の錆びたフライパンだった。夫楼々は反射的にそのフライパンを手前に突き出し、近づいて来る相手を洋風の家の外壁から待ち伏せすることにした。緊迫感に包まれた中、相手は無垢に近づいて来た。そしてついにその時が来た。夫楼々は野球選手がバットをスイングするように思い切り振った。


「あ、ごめんなさい」


夫楼々はつい謝ってしまう程に強く叩き、相手の顔を百度近く曲げてしまった。だが、夫楼々はすぐに言葉を失った。相手は何事もなかったかのように曲がった首を元に戻したのだ。


「・・・t6・・t6・・9bp・・」


何を言っているのかは理解出来なかったが相手が不機嫌そうなのは伝わった。夫楼々は後ろに尻もちをつくと、相手の魔の手が夫楼々の顔に近づいてきた。万事休す、夫楼々は自分の冥土の土産に力一杯絶叫した。


「キャーーー」


その時だった。相手の脳天に錆びついた一本の杜が貫通した。


「大丈夫か?」


相手が崩れ落ちるように倒れると同時に三十代後半ぐらいの年の男の人の姿と二十歳ぐらいの年の青年とロングヘアの女子高校生だと思われる人たちの姿が現れた。


「はい、なんとか」


弱った捨て猫のような震える声で夫楼々は答えた後に率直に質問した。


「あなた方はいったい?」


すると、彼らは一度顔を見合わせて微笑むような笑顔を作り答えた。


「通りすがりのファミリーですよ」


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