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桃ちゃん先輩の鬼退治

 中学卒業後の春休み。

 旅行から帰った狗我武尊を待っていたのは、瓦礫と化した我が家だった。

 異形の鬼が、“狗我の血”を絶やすことを目的として行ったのだった。

 鬼に操られた近所の人々が襲いかかる。

 その時、桃の香りのする美少女が現れ、鬼はいきなり吹き飛ばされた。


 彼女の名は、桃田かなめ。

 武尊の先輩である。


 一緒に鬼退治をしようというかなめの誘いに、勢いで首を縦に振ってしまった武尊を待っていたのは、あまりにも刺激的な高校生活だった。

 鬼族殲滅組織“郷土研究部”に入れられた武尊は、三年の猿ヶ京純也、二年の雉原あい、そして桃田かなめと共に、学校や街に巣食う鬼たちを退治していく。


 “狗我の血”の秘密とは。

 また、かなめの掌に書かれた“魂”の刻印とは。

 そして“鬼”とは。


 武尊の、“戦うヒロイン”桃ちゃん先輩に振り回される日々を描く、鬼退治系学園ラブコメが始まる。

「なんだ、これ……」


 目の前に広がる光景を見て、狗我(くが)武尊(たける)は呆然としていた。

 中学を卒業した春休み。ソロキャンプから数日ぶりに帰ってみたら、自宅が瓦礫と化していたのだから、当然と言えば当然である。


「くせえな……」


 すん、と鼻を鳴らしてつぶやく。彼は、その場に漂うかすかな腐肉臭を感じ取っていた。元来の鼻の良さに顔をしかめるが、武尊はすぐにそれどころじゃないことに気がついた。


「そうだ! 親父ぃ! かーちゃん! あかりぃ‼︎」


 両親、妹の名前を叫びながら、武尊は元自宅に駆け込んだ。


 東京郊外、ありふれたごく普通の住宅地で、彼の家だけが潰れている。

 周りの家はといえば、特に何かがあったような形跡はない。

 強いて言えば、やけに静まり返っているな、という程度だった。

 口喧嘩の絶えない隣の老夫婦の怒鳴り声も、何かあるとすぐに飛び出してくる向かいのご近所ゴシップ大好きおばさんのダミ声も、今は全く聞こえてこない。


――誰もいないとかおかしいだろ。


 そんなことを思いながら、かつて自宅だった瓦礫の、かつて居間だった場所に立つ。ちゃぶ台代わりにしていたコタツの破片が目に入り、武尊は全身の力が一瞬抜けた。

 武尊の膝が、地面につきそうになったその時だった。


「うぅるせぇなぁ……」


 低くしゃがれた声のした方を振り返る。そこには、真っ赤な肌を晒した巨大な男が、大きく伸びをしながら座っていた。頭には禍々しくねじくれたツノが一本、額から天に向かってそそり立っている。


「人が寝てる時にビービー喚いてんじゃねえよ殺すぞクソが」

「な……お、鬼……?」

「だったらどうした」

「なんで俺の家に鬼が……」

「てめえ、この家のガキか」


 赤鬼はそう言いながらゆっくりと立ち上がり、武尊の方に一歩踏み出した。

 武尊は怯えで足がすくんでいるのか、俯いて微動だにせず、その場に立ち尽くしている。


「この家のガキなのかって聞いてんだよ。どうなんだおい」

「……他のみんなはどうした」

「……あ?」

「ここに住んでた、他のみんなはどうしたって聞いてんだよ!」


 武尊が顔を上げた。怯えている様子は微塵もない。

 動けなかったというより、最初から逃げるつもりがないようだった。


「どうなんだ、おい!」

「……てめえ、誰に向かって口ぃきいてんだ」

「お前にだよ! お前がこの家ぶっ壊したんだろうが!」


 武尊は吠えた。

 相手が何だろうが関係ない。

 関係がないから、相手が見たこともない化け物であってもそのスタンスは崩さない。むしろ人語を理解するなら都合がいい。そしてどうやら、この赤鬼は自分の敵らしい。


 敵か味方か。

 好きか嫌いか。

 勝つか負けるか。


 それが、狗我武尊の行動原理であった。


「おいっ!」

「ウルセェガキだな。この家見りゃわかるだろ。こんだけぶっ壊してもだぁれも出て来やしねえ」

(あかり達は無事か……)

「そんで、出直す前に昼寝してたらノコノコとてめえが来やがったんだよこの」


 そして、続く赤鬼の言葉は、彼に向かって一番言ってはいけない言葉だった。


「クソチビ(・・)が」

「……てめえ」


 狗我武尊は小柄な少年だ。それゆえ、これまで散々からかわれたり、時にはいじめに近いような状況にさらされたこともあった。

 それでも、彼はその逆境をことごとく跳ね返してきた。


――(アイツ)との距離は五歩ってところか。さすがに力では勝てる気はしねえが、スピードならこっちが有利だ。どんな馬鹿力でも当たらなきゃ意味がねえ。とはいえ相手は人間じゃねえ、スピードだけでどうにかなるとも思えねえ。何か力の代わりになるものは……。


 激昂しながら、どこか冷めた頭の中で、彼は瞬時に戦略を組み立てる。


――考えろ。ただ突っこんだら返り討ちだ。なんでもいい、もっと情報が欲しい。

 この化け物をぶっ倒せるだけのヒントを。


「よう、おっさん」

「あ?」

「この辺りに住んでる他の人たちはどーしたんだよ? 誰もいないっぽいじゃねーか」

「ああ、それなら――」


 そう言って赤鬼が右手を上げた。するとどこから出てきたのか、彼を囲むように、見知った顔の人間たちがわらわらと湧いてきた。全員、額に小さなツノのような突起がついている。


「田中さん? 佐藤さんまで……!」

「ぜぇんぶ俺の手下にしてやったぜ? 狗我の血(・・・・)を絶やすためになぁ!」

「……狗我の血?」

「なんだガキ、自分の血統も知らねえのか。……まあいい」


 赤鬼が目を大きく開く。その表情は歓喜にあふれ、口からはだらだらと涎を垂れ流していた。


「てめえと妹さえ()れば、他はどおーーーでもいいんだよぉ!」

「ざっ……」

「ざ?」

「……っけんなこのバケモンがあっ!」


 “妹”と聞いた瞬間、武尊の表情が変わった。


(あかり)に手ェ出すつもりなら容赦しねえ!」

「だったらどうするよ? 数でも力でも敵わねえぞ?」

「知ったことかよ! てめえだけはぶっ飛ばす!」

「……おもしれえ」


 赤鬼が、上げた右手を振り下ろす。すると、鬼の手下となった住人たちが一斉に襲いかかってきた。


「がああああっ!」

「田中さん! 目ェ覚ましてくださいっ!」


 大振りな拳をしゃがんでかわし、武尊は操られている住人に叫んだ。

 武尊の自宅は東京郊外にありがちな一般的な建売り住宅だ。家屋が潰れているとはいえ、その敷地はそれほど広いわけではない。

 親交のあるご近所さんに手を出す訳にも行かず、武尊は攻撃をひたすらかわし続けた。


「ごああっ!」

「あぶねっ! 目ぇ覚まして田中さん! 佐藤さんも!」

「おああ!」


 次々に繰り出される拳や蹴りは大味で単純なものだ。単発でかわすのはそう難しくはないが、向こうは複数。それも無軌道な動きなので、どこから攻撃が飛んでくるのか予測が出来ない。


――クソ、逃げるばかりじゃあの鬼に近づけねえ。でも、いつも世話になってる人達に手ェ出すわけには……!


 そう考えた時だった。


「があっ!」

「かはっ……!」


 武尊を攻撃する一人の腕が、彼の腹にめり込んだ。

 たまらず腹を抑えてうずくまりそうになるが、必死でその場に踏みとどまる。


「いっ……てぇ」

「おいおい、さっきの威勢はどこいったよガキぃ? こいつらはただの傀儡鬼(くぐつおに)、中身は普通の人間だぜ? おめえ、中々強そうだから、ぶん殴りゃあ簡単だろうによぉ? ……それともあれか?」


 そう言った赤鬼の目がイヤらしく細まる。


「知った顔は殴れねえってかぁぁ?」

「……分かってんならお前がこっちに来いよ。人間操って身を守るとか、よっぽど自分に自信がねえらしいな?」

「……そんな挑発には乗らねえよ」


 そう答えながらも、赤鬼の表情から余裕が消えた。その代わり、明らかに苛立った様にぎりぎりと歯軋りの音が聞こえてくる。


「……お前のところから、腐った肉みたいな臭いがプンプンしてきたぜ。俺みたいなガキに挑発されて、ムキになったかよ!」

「……んのガキぃっ!!」


 完全に挑発に乗った鬼が、その巨大な足を一歩、前に踏み出したその時。


「とりゃーーーーっ!!」

「ゴハァっっっ!!!!」

「!!!!????」


 甲高い掛け声と共に、鬼の顔面に、凄まじい速さで何かがぶつかり、その勢いで赤鬼の巨体が塀まで吹き飛ぶ。ぶつかった塀の一部をガラガラと崩し、赤鬼は衝撃で目を回した。

 驚いた武尊が、声の主を見、再び驚きの表情を見せた。


「久しぶり! 狗我くんっ!」

「……桃ちゃん先輩?」


 ふわりと漂う甘い桃のような香り。

 それと共に思い出される、華奢で可憐でわんぱく(・・・・)な巫女装束の少女。


「あたしが中学卒業して以来よね。元気してた?」


 そう快活に笑う彼女の名は、桃田(ももた)かなめ。

 武尊から見て一つ年上の先輩であった。


「先輩……俺……」

「大丈夫」

「え?」

「ご家族はみんな無事よ」


 武尊にそう笑いかけ、吹き飛んだ鬼に顔を向ける。

 その表情は、かつて彼が憧れた“最強無敵の桃ちゃん”そのものだった。


「くっ……!」


 頭を振りながら立ち上がる鬼に向かって、少女は右手を開いて突き出している。

 その手のひらには“魂”と書かれていた。


「この……アマぁっ!」

「品の無いやつねー。ま、家ぶっ壊す(こんなことする)ような鬼に品なんて求めてないけど」

「先輩……」


 事態が飲み込めず呆然とする武尊に、かなめは目線だけを向けて言った。


「ね、狗我くん」

「……はい?」


 やっとのことで返事をした彼に、かなめはとんでもないことを言い出した。


 それは、狗我武尊に約束されていたはずの、“平和で楽しい学園生活”を根本からひっくり返すことになる、ある意味呪いの言葉だった。


「あたしと一緒に鬼退治、しよ?」

「は、はいっ!」


 かなめの誘いに、武尊が反射的に応えてしまったのは無理もない話ではある。

 なぜならその時の彼女は、武尊がそれまでに見たこともない様な、眩いばかりの笑顔を浮かべていたからだ。

 うっかり答えた次の瞬間、我に返った武尊は、自分の発した言葉が信じられなかった。


「……え?」

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― 新着の感想 ―
[良い点] 桃ちゃん先輩がかっこいいだろうなぁと思いながら読んでいったのですが(もちろんかっこよかったです!)ヒーローがカッコいいですねー! その力量はまだ未知数なのですが、心持ちというか、見知った…
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