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人形技師の矜持


 世界は機械兵に支配されつつあった。

 最初は便利だった機械人形が政府により軍事利用され、兵器として量産されたことが原因である。


 そんな蒸気機関により発展した世界において、人里離れた森の奥で機械人形と共にひっそりと暮らす人間がいた。

 数年前、政府に連れて行かれた姉が約束通り帰ってくるのを待っていたのだ。


 しかしある日突然、小屋に政府が所持する戦闘用機械人形が押し寄せた。


 姉の訃報とともに。


 自分がどうやら政府に命を狙われているらしいことを悟り、訳もわからず必死で逃げ出した。


 凄腕人形技師と、なぜか心を持った機械人形。


「何があってもキョウちゃんの整備はニマが完璧にしてあげるからね」

「……あまり無理をするな、ニマ」


 一人と一体は姉の死の真相を知るため、互いに支え合いながら旅を続ける。


 場末の酒場に、珍しい灰青色の髪を持つ小柄な少女がやってきた。


 周囲がシンと静まり返っているせいで、外で常に騒音をまき散らす蒸気機関の音がやたらと聞こえてくる。

 いつもは飲んだくれの怒声や食器を重ねる音などで賑やかな酒場がここまで静かなのは、少女が浮いた存在だからだ。


「依頼は完遂したよ。はい、証拠の部品」


 少女は一人の酒飲み男の前で、ガチャンとテーブルに部品を置く。機械兵のマークが刻まれたアーム部分だ。


「確かに。いやぁ、本当に機械兵を破壊してくるとはねぇ。まぁ、そんだけ立派な機械人形がいるんだからやってくれるとは思っていたけどなぁ」


 男は少女の後ろに立つ二メートルほどの巨体にチラッと目を向けた。


 異様な雰囲気を醸し出すソレは、全身を外套で隠されている。だが、チラッと見える顔と左腕が精巧な作りの機械で出来ているのが一目でわかった。

 街の至る所で使われているため、機械人形そのものは珍しくはない。しかしこれほど立派で強そうなものはあまり見なかった。


 恐らく対機械兵用の戦闘人形なのだろう、と男は納得したように頷きを繰り返している。


「人形は暴走したりしねぇだろうな?」

「毎日ちゃんと点検と整備をしてるもん。そんなことにはならないよ」

「おっ、人形技師だったのかい? そいつぁ失礼した。人は見かけによらねぇもんだ」


 少女は小さく小首を傾げてから報酬の入った袋を懐にしまい込むと、話は終わりとばかりに踵を返す。

 そのまま店の出口へ向かう少女を男が慌てて引き止めた。


「待ってくれ。名前を聞かしちゃくれねぇか? 腕の立つモンのことは知っておきてぇんだ」


 少女は振り返り、自分に聞いているのかと自身の顔を指差す。そうだ、と頷く依頼主に少女はニコリと微笑んだ。


「ニマ。こっちはキョウジ。ニマはキョウちゃんって呼んでるよ」


 愛称までつけて機械人形を大切にしているとは。

 どこか不思議な雰囲気を持つニマの少女らしい一面を見た酒場の連中は、一様にだらしなく目尻を下げて立ち去っていくニマたちを見送った。


 寒空の下、一人と一体は街を歩く。ニマは時折、人に声をかけては同じ質問を繰り返していた。目的は人探しだ。


「姉を知る人を探しているの」

「姉? 行方不明なのかい?」

「ううん。死んだみたいなんだ」


 みたい、というのは報せを寄越した政府を全く信用していないからだ。


 勝手に姉を連れ去り、その能力を利用するだけして家には一度も帰さなかった政府など信用出来るわけがない。

 それどころか訃報を伝えてすぐにニマたちを攻撃してきたのだ。裏があると考えるのが普通だろう。


 だからこそ、こうして地道に聞き込みをしながら旅を続けているのだ。


「悪いことを聞いたなぁ」

「……この顔に、見覚えはある?」


 ニマは自分の顔を指差して問いかけた。姉というくらいだからきっとそっくりなのだろう。聞かれた初老の男性は顎に手を当て、改めてニマの顔を観察した。


「姉は政府に捕まってたの」


 政府は、機械兵という最悪の兵器生み出した。欲を出した国のトップたちが大量生産をし、次第に制御が出来なくなったのだ。

 機械兵は互いにメンテナンスをし合い、厄介なことに量産もしていく。戦闘兵器のため一般人では太刀打ちが出来ず、遭遇した場合は死あるのみだ。


 しかし脆い部分もある。機械兵は自分たちで進化が出来ないため、弱点はそのままなのが救いだった。

 弱点というのは関節部分に強い衝撃を与えること、それから超音波を流すと近付いてこないことである。


 ただ確かに破壊は可能だが、砲弾も跳ね返す頑丈さを持つ機械兵の関節を正確に攻撃する手段と腕がないと返り討ちにあう。

 そして超音波を使えば機械兵を遠ざけられるが、結局のところ数を減らさないことには増え続ける一方となる。


 以上の点から、人が住む場所には超音波で近付けないようにし、腕の立つ者が定期的に機械兵を討伐していく。


 それが、この世界に住む今の人類に出来る唯一の対抗手段だった。


「……その姉ってのは上のモンか? お前も?」


 ニマの説明を聞いて、初老の男性は急に目つきを変えた。機械兵を恨み、それを生み出した政府を恨む者は多い。彼もその一人なのだろう。

 しかし対策を立ててくれるのも同じ政府であり、超音波を止められたら危険な目に遭うのは自分たちである。


 行き場のない恨みを内側に秘めることしか出来ないストレス。上のモンという呼び方は嫌悪感からくるものでもあった。


「機械兵に関わってんなら、嬢ちゃんといえど俺ぁ許せる自信がねぇ」

「……結局、姉のことは知らないの?」

「ああ、知らねぇよ! そもそも一般人である俺らが上のモンのことなんか知るわけねぇのさ!」


 初老の男性は怒鳴るようにそう告げると、少女に背を向けて立ち去っていく。

 ニマは黙ったまま、赤茶色の瞳でその背を見つめた。


 その時だった。


 銃声が鳴り響き、先ほどまでニマが立っていた地面に弾痕が残る。遠距離から狙撃されたのだ。

 それを瞬時に察したニマは難なく避け、弾道から狙撃手の方角を予測し、顔を向けた。


「いた」


 数メートル先にある背の高い建物の屋根に狙撃手を見付けたニマは、右手側にあったレンガの壁に足をかけてあっという間に屋根に上った。

 そのままトタン屋根や鉄骨をブーツでガンガン踏み鳴らし、凄まじいスピードで駆け抜けていく。


 逃げ去ろうとする狙撃手の姿を確認したニマは、ブーツについている金具をピンッと外した。踵からブシューッと蒸気が噴出し、数十メートルほど跳躍する。


「えいっ」


 相手の頭上にまで跳んだニマは、落下しながら手に持つスパナで銃をぶん殴り、着地と共に回し蹴りを決めた。

 狙撃手が銃を落として吹き飛んだのを見届けると、ニマはすぐに興味をなくしたように元いた場所へと戻っていく。


「終わりっと」


 その間、数十秒。命を狙われることに慣れているとはいえ、ニマの動きは人間業ではなかった。


「あ、あの子強ぇ……」

「隣にいるの、戦闘用人形じゃないの? 何もしてなくない?」

「役に立たねー……あれだけ図体デカいのに」

 

 当然、街中での出来事だったため、かなりの人物がその光景を目撃していた。人々はコソコソと好き勝手なことを口にする。


 しかしその内容がよくなかった。大抵のことはスルーしてしまうニマだったが、絶対に許せないことが一つある。


「誰? キョウちゃんを馬鹿にしたのは」


 それは、キョウジの悪口だ。キョウジのことになると急に沸点が低くなってしまう。


「キョウちゃんはすごいんだ。馬鹿にしたら……」


 ニマの目が吊り上がり、灰青色の髪が逆立つ。


「許さない……っ!」


 次の瞬間、ニマの目が赤く光った。その光は線となって残像を残し、ニマの姿が消える。


「っ、ニマ!」


 それとほぼ同時に焦ったような男の低い声が聞こえ、ニマの前の地面が大きな音を立てて抉れた。


 それはほんの瞬きほどの間。

 砂埃が舞う中で見えてきた光景は、キョウジが左腕で地面を殴りつけ、もう片方の腕にぐったりとしたニマを抱く姿。


 周囲にいた者たちには何が起きたのか理解出来なかったが、目の前にある状況から戦闘用機械人形の暴走だと瞬時に判断した。


「ぼ、暴走だっ! 機械人形が暴れるぞっ!」

「壊せぇっ!」


 騒ぎが広がる中、キョウジがニマを抱えて街中を走る。途中、憲兵たちを機械の腕で薙ぎ払い、時に銃弾をその身に受けながら。

 

 そして、あっという間に追っ手を撒いて街の外へと姿をくらました。




 雪が降ってきた。

 街の外は蒸気機関もないため余計に寒さを感じる。ボタボタと道に垂れた血は、きっと雪が消してくれるだろう。


 人の気配がなくなったところで、キョウジは息苦しそうに仮面を取った。

 機械人形のような銅製の仮面の下には精悍な男の顔があり、酸素を取り込もうと深呼吸を繰り返している。


「キョウ、ちゃん」


 再起動を果たしたのか、キョウジの腕の中にいるニマが言葉を発した。


「震えてル。大丈夫? ニマに、血が通ってたラ、温めてあげられるノニ」


 心など宿るはずもない存在なのに、ニマはどういうわけか心があるかのような言動をする。


『キョウちゃん、大丈夫?』


 ────まるで、姉のような。


 それゆえか、ニマは先ほどのように感情の昂りで暴走してしまうことがよくあった。


「……あったけぇよ。ありがとな」


 だが、それで良かった。

 姉を失って一人きりになったキョウジにとって、ニマの感情は何より温かい。


「点検、してあげるネ」

「おう。その前に俺がお前を直してからだな」


 キョウジには左腕と左脚がない。幼い頃の大事故によるものだ。

 そんな彼に機械の手足を作ったのが姉のアミンで、点検と整備をする機械人形がニマだった。

 

「ニマが人形だっテ、言わないノ?」

「……ニマを人間だと思ってもらえた方が、俺は嬉しいんだ」


 暴走した機械人形は破壊される。それを許してなるものか。


 苦しげに白い息を吐きながら、キョウジは口角を上げた。


「これは人形技師としてのプライドなんだよ」


 よくわからない、と機械的に答えるニマに、キョウジはハッと声を出して笑う。

 撃たれた右脚に激痛が走っていたが、ニマに悟られぬよう精一杯強がって。


 凄腕人形技師のキョウジと万能オートマタのnimA(ニマ)。二人は互いにメンテナンスし合いながら旅を続ける。


 ニマのモデルでもあるキョウジの姉、アミンの死の真相を知るために。

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[良い点] 静かな、素敵な世界観です。そしてとても読みやすい。 蒸気やオートマタの世界ですと、なんとなく騒がしかったり陽気なキャラもあるイメージなのですが、こちらの作品はとても静かで、それが作家さん…
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