変わり者食堂ストレンジ ~ただいま開店準備中~
変わり者食堂。
そこは街の一角にある、一軒の食堂。
その名の通り、店に集まる人はどこか変わっているのだという。
料理人嫌いの店長。
元レスラーや、自称未来人の店員。
そしてお客に至るまでも。
そんな少し変わった人達が、
少しずつ変わっていくお話。
「よし。肉野菜炒め定食一丁、おまち!」
ごとり、と目の前のカウンターにお盆を乗せる。お盆には作り立ての肉野菜炒めに、ご飯。それから味噌汁といった、いわゆる定食の定番がまとまっている。手前味噌ながら、かなりおいしそうだ。
「お、今日もうまそうだな、ハルキ」
目の前でいただきます、と手を合わせながら箸を手に取る顔なじみに、頷くようにして答える。俺が作ったのだから、間違いなくうまいだろう。
「がはははは!! こっちもあがったぞ!! 肉増し春巻き、五人前だ!!」
「(こくり)。いらっしゃい」
隣では、ゴンダバヤシさんがその巨体に、お手製の春巻きを乗せた皿をお客に差し出している。そちらも相変わらずうまそうだ。
入り口では、若干無口ながらもユイが、新しい客を出迎えている。
「(こくり)。ハル、新しいお客。二名様」
「がはははは!! ほれ、もってけ。ちっこいの」
「(ぶんぶん)。ちっこいのじゃない。けど、ありがとう、ゴン」
カウンター越しに受け渡されるおしぼりとお冷。それが新規のお客様のもとに届けられるのを見つつ、次の伝票を手にする。
「ゴンダバヤシさん、次はこっち、お願いします」
「がはははは!! 任せておけ!!」
頷いて食材を手にするゴンダバヤシさんを背に、俺も次の伝票に目を通す。忙しいながらも、飽きない毎日。
「いい顔してんなぁ、ハルキ。三年前が嘘のようだ」
「……うっせ」
そんな俺の顔を眺めていたのか、目の前の顔なじみこと、友人のヨシカズがそんな言葉を投げかけてくる。その言葉に反射的に毒づいたものの、正直その通りではあった。
料理学校を出て、ゴンダバヤシさんと出会った。その少し後にはユイとも。
「(こくり)。ハル。ハルにお客様」
「やぁ、ハルキ。久しぶりだね」
「ユウトじゃねーか、いらっしゃい。お前こそ久しぶりだな」
そして、新しく入って来たお客、そして料理学校からのライバルでもあるユウト。いろんなことがあったものの、今こうしてここにいる。
(開けて良かったな、店。料理も楽しいし)
◇◆◇◆◇◆
「だー! くっそ。料理なんてやってられるかよ!!」
「ちょ、なんてこと言ってんだよ、ハルキ」
ガヤガヤとした教室に、ひときわ大きな声が駆け巡り、一瞬にして他の音を消し去る。その中心、もとい原因である一人の少年は頭をかきむしるようにして、机につっぷしていた。
「だってよぉ……」
くるりと、下を向いていた顔を真横に向ける。その方向には、火にかけられことことと揺れる鍋と、それを気にしつつも洗い物の手を止めない、もう一人の少年。
「だっても、なにもないだろ」
言い訳がましい気配を感じたのか、洗い物中の少年が、突っ伏した側を睨みつける。
「まったく……。ここがどこだか分かってる?」
「……、それぐらい分かってるっての」
「ほんとかなぁ……、なら言ってごらんよ」
くい、と顎で示されるようにして言われ、ハルキの渋い顔がさらにむすっとしたものになる。が、もう一人の生徒には強く出られないのか、その顔のまま、あきらめたように口を開いた。
「『日本でも有数の料理学校』……だったか?」
「そう。そんな場所でさっきみたいなこと言ったから、ほら」
今度は周りを示される。促されるまま視線を向けると。
「……ちっ」
「またあいつかよ……」
「なんだってあんな奴が――」
特別表情は変えないものの、じっとりした視線をハルキに向ける者。明らかな嫌悪感を向ける者。数自体は多くないものの、おおよそ前向きな視線はない。
仮に。
これでハルキが持つ料理の腕が芳しくないものならば、ここまでの視線は集めなかったかもしれない。が、幸か不幸か、ハルキには小さくない才能があり、その両親ともに料理界ではある程度の知名度を持ってしまっていた。
「そんなの、言いたい奴に勝手に言わせておけばいいだろ」
「君はそうかもしれないけどね。ペアを組むボクの身にもなってくれよ」
ぴしゃりと言い放たれて、返す言葉もなくなったのか、さらに渋い顔へと変わっていく。
「というか料理の何をそんなに嫌っているのさ」
「別に料理そのものが嫌いなわけじゃねーよ、ただ料理人にだけは絶対になりたくねぇ」
「へぇ、そりゃまたどうして?」
「決まっている。料理人になり、それで生きていくということは、毎日毎日同じ料理を作り続けるということだ。俺はそんな機械にはなりたくねぇ」
と、そこであらかじめ設定されていたタイマーが鳴り響き、料理の完成が二人に告げられる。
二人そろって顔を見合わせた後、鍋の中を覗き込む。そこには、しっかりと煮込まれたビーフシチュー。野菜は煮崩れしない限界まで煮込まれ、牛肉にはたっぷりとシチューの味がしみ込んでいる。
そこまでを味見で確認すると、簡単に盛り付けて、完成。
「うむ、美味い」
提出した料理を教師が味見し、多くは語らないものの深くうなずく。その光景を目の当たりにするのももはや、当たり前の出来事だった。
◇◆◇◆◇◆
「それで…今度は何したの?」
「うるせぇな、知らねぇよ」
心の底から面倒くさそうに答えるハルキの前には、大きな扉がそびえたっている。学園を運営する理事会議、その面々が集まるための部屋へと続く扉があった。
つまるところ、その理事会の面々にハルキは呼び出された、というわけである。
「で、なんでユウトまでついてきてんだよ」
「見張りだよ。誰かさんはこういうの、すっぽかすことがあるからね」
ち、と小さく舌打ちが響く。確かに通知、手紙を受け取ったハルキはもう少しで破り捨てるところだった。そこを通りかかったユウトに止められ、現在に至る。
「ほら、とにかく行っておいでよ」
「わぁってるよ」
ぽりぽりと頭をかいた右手で、扉の取っ手を掴み押し開ける。本当ならノックの一つや二つするのが当然らしいが、正直知ったことじゃない。
開いた扉から一歩踏み込み、途端に視線が集まってくるのを感じる。
「……まったく、お前という奴は」
そのうちの一人、顔の前で腕を組んだ教師がため息をつく。その他の反応も、多少の違いがあるものの変わらない。目をつむる人がいて、目頭を押さえる人がいて。頭を抱えこんでいる人まではいないのがせめてもの救い、と言ったところだろうか。
「それで、何の御用でございやがりますか?」
心底、本当に心の底から面倒くさそうに要件を尋ねる。実際、ハルキにとってこの場はそういった場でしかない。
今回もいつもと同じように注意と、いくつかの小言が来るのだろうか。
そう考えていた矢先、最初に口を開いた教師の隣。少しヒステリックにも見える、女性教師が口を開いた。
「あなっ! あなた!! ここがどういう場所かわかっているの!?」
「……もちろん知ってますよ。『日本でも有数の料理学校』、その運営をしている理事会議、でしょ? いつも会ってるじゃないですか」
揶揄うように口にする。当然、いつも会っている、というのは比喩でもない。ハルキ自身、ここに呼ばれるのは既に慣れている。
「そうだ。この学校に在籍、卒業し自分の店を持つというのは、料理界においても一つのステータスとされている。いわば登竜門とさえ呼ばれることもある」
そうだ。だから俺もここにいる。自分の店を継がせたい親に、ほとんど無理やり入学させられてしまった。しかも、卒業できなければ、一生日の光を見られなくしてやる、なんて言われてしまえば、従わざるを得ない。
とはいえ、ここは実力が物を言う世界。ハルキの卒業は約束されたようなもの……だった。
この時までは。
「『退学』だ」
ハルキに言い渡された処遇。その声が部屋に響き渡った。